つづきです









"相葉さん"と名乗った男は、当たり前のようにオレを自分のアパートに泊めてくれた。

…理由も何も聞かずに。

ありがたかったが、やっぱり心苦しくて。

数時間だけ休ませてもらい

早朝、部屋を出ようとすると靴がないことに気づいた。


(あれ?ない)


玄関に揃えておいたはずのスニーカーが、忽然と消えていた。

焦って探していると、眠そうな声が響く。



「中途半端に関わった相手でもさ?居なくなると心配なんだよ。…出てくのは構わないけど、行くところが決まってからにしなよ」


「…アナタ何で…そんなに親切なの?」


「ん?何でかなぁ?」



相葉さんは、しばらくの間悩んだ様子を見せていたが、ふっと表情が緩んだ。



「……あぁ。きっと、その目。

迷子のワンコみたいでさ。放っておけないんだよ」



と、そう言って笑った。



結局。

カードなんかは止めたけど、金がないのは変わらなくて。実家に戻れば免許証だって再発行できるし、全てが解決するのだろうが…

今はまだ、そんな気にはなれなかった。

…だから、相葉さんの人の良さにつけ込んでオレはまだここに居る。


…ってか、オレが心配するのも何だけど、相葉さんって大丈夫なのかな。

寝る場所だけじゃなく「これから就職活動するなら、ないと不便でしょ」なんて言って、新しいスマホをオレのために用意してくれたりして。

ただの行き倒れを拾っただけでなく、そんなことまで…

だから、何か少しでも相葉さんの役に立ちたくて、店の掃除なんかを手伝わせてもらうようになっていた。


もちろん、何もできないから、基本は裏方。

お客さんの前に出ることはあまりなかったのだけれど、それでも忙しい時は接客に出ることもあって、常連さんからは相葉さんの弟子だなんて言われていた。


あの日からずっと…店を閉める時に、必ず相葉さんはオレにカクテルを一杯ご馳走してくれる。

ここに来た時と同じ、ジンフィズを。


…後から知ったのだけれど、カクテルには意味があって、ジンフィズは " あるがままに " って意味らしい。


ほんと、優しいよね。


グラスに口をつけ、含む。

相葉さんからのメッセージが、じわりと胸の奥に沁みていくのを感じていた。



そんな生活に、少しずつ馴染んできたある日


突然、あいつが現れた。





つづく




miu