つづきです







それからの行動は、自分でも驚くほど早かった。


ラジオ局に退職願いを提出し、話し合いの結果、番組は来週いっぱい迄の出演と決まった。

多くを語らないオレに、まっさんは納得いかない様子だったが…最後は「連絡だけはしろよ」と、渋々認めてくれた。


アパートの荷物をまとめて車に積み込み、そう遠くはない実家に持ち込み、段ボールを積み上げる。

とても全部は片づけきれなかったから、部屋の解約と掃除は母に頼んだ。



「疲れたら帰っておいで?

和の帰る場所は、ここにあるんだからね」



何も聞かず、そう言って微笑んだ母の顔が…

涙で滲んでよく見えなかった。




再び…この地を離れる日の朝

朝もやの残る駅のホームに立つ。


大野さんのLINEをブロックし、通話も着信拒否に設定し、連絡先から消去した。

…そして、まっさんの番号も。


約束したのに、ごめん。


でも、まっさんとの連絡手段を残しておくと、いつか大野さんにも繋がってしまいそうで…



これから先も、ずっと

大野さんがあの家で、楽しそうに絵を描いている姿を思い浮かべながら


オレはスマホをカバンに入れた。





…どこへ行くと当てがあった訳じゃない。


別に今更、過去の…

恋人だった男に、恨み言を言うつもりもなかった。


ただ、こんな自分が存在しても

目立たず…誰の気にも止まられない


そんな場所は、かつて大学時代に過ごした

この…無駄に人の多い、雑多な街しか知らなかったから。



「…どこか、住むところを探さなきゃな」



駅前の、酔いそうなほどの人の波から抜け、大きな商業施設へと避難する。

ここも人は多いが、広い分息苦しさはない。

座れるスペースを見つけ、荷物を置いて腰を下ろした。


とりあえず、当面の間生活できるくらいの蓄えはあった。現金も多めに持ってきたし、クレジットカードや電子マネーも。

仕事が忙しすぎて金を使う暇が無かったなんて、なんか皮肉なものだよな。笑


しばらくは安いホテルに泊まって、その間に仕事やアパートを探せば良いだろう。


大丈夫。

きっと、なんとかなる。



…吹き抜けの高い天井を見上げ

頭の中に浮かべた前向きな言葉とは裏腹に

はぁ、と深いため息を吐き出した。



次の瞬間、背後を小さな風が駆け抜ける。


え…?


空調が整っているこの場所で、なぜ風が。



全力で走り去った男の後ろ姿

その手に、オレの全ての入ったバッグが握られていたことに気づいた頃には


もう…追いつける距離ではなかった。






つづく




miu