つづきです
翔ちゃん視点…
「翔ちゃんの大切なものって…」
俺は深く息を吐き出し、ぽつり ぽつりと言葉を紡いだ。
…決して、間違えないように。
「俺はさ、智くんの描く絵が好きなんだよ。
伸びやかな線、大胆な色づかい…
それでいて、とても繊細な絵。才能の塊。
次々と生み出されるそれらを、智くんにとって一番良い環境で描かせてあげたい。
それが…俺の大切なものだよ」
「翔ちゃん…」
「それを守るためなら、俺は何だってするよ。
大丈夫。時間が解決してくれる。
彼のことは、いつか忘れる時がくるよ。だから…」
俺の言葉に、智くんの顔が悲しげに歪む。
「確かに…翔ちゃんのおかげで仕事がいっぱい来るようになって、今の家も買えた。父ちゃんや母ちゃんにも親孝行できたと思う。それは感謝してるよ。
でもさ、一番良い環境って、何?
それは誰が決めるの?
…おれはさ、金なんてなくても、名前なんて売れなくても、スケッチブックとペンさえあれば、好きな時に好きな絵を描けるんだよ。
そんで…」
はぁ、と息をつき、言葉を続けた。
「そんで多分、おれが一番…自由に絵が描けるのは、ニノの隣だと思うんだ。
この数年、おれの作品がニノと共にあったのは翔ちゃんも気づいてるんだろ?ラジオを聴くようになって、おれの絵のタッチは少し変わった」
智くんは、手のひらをすっと胸の前で開き、そしてギュッと握りしめる。
深い藍の瞳からは、綺麗な涙が一粒…
ぽろりとこぼれ落ちた。
「ラジオから流れてくる声だけでなく、この手でニノに触れて…
彼の存在に、その体温に、キラキラと煌めく光を感じたんだ」
……あぁ、もう無理だ。
ごめん。智くん。
これ以上一緒にいると、あなたを苦しめることになる。
「…じゃあ、俺はもうこの仕事を辞めるしかないよ。プロデュースしがいのある若手も見つけたしね。
残念だけど…
俺たちが見ていた景色は違ったんだね。
ステッカーの件が幸いして、他の仕事は入れてなかったし、昼間智くんに話した仕事も…まだ白紙に戻せる。
事務的な後始末は俺に任せて…
智くんは自由に生きて?」
「…翔ちゃんがニノにした事は許せない。絶対に。
でも、感謝してるんだ。それは嘘じゃない。
今までありがとう、翔ちゃん」
もう少し。
…もう少し、だから。
出て行く智くんの背中を見つめ
バタン…と ドアの閉まった音に、堰を切ったように心の奥底に押し込めていた想いが溢れだした。
行かないでよ
ひとりにしないでよ
何で俺じゃダメなんだよ
ずっと、ふたりでやってきたじゃないか
智くんのことを一番知っているのは俺だよ
誰にも…
誰にも、その場所を譲る気なんてなかったのに
「…なぁ、言えばよかったのか?
愛してるって……ぅ、うぅ…」
嗚咽にも似た声が響く。
あの日。
あの家で唇を重ねていた二人の姿を見て、既に…智くんの心は二宮さんにあることを思い知ったんだ。
…悔しかった。
だって、俺はもうずっと前に諦めたんだよ?
智くんの望む…櫻井翔であるために。
そう思ったら、ふたりを祝福することなんて出来なくて。
俺はもう、こうするしか無かった。
あなたから去って貰えないと、俺は…
どんなに苦しくたって
自分から離れることなんて
決して…出来ないのだから。
miu