つづきです










店を出る頃には、雨はすっかり上がっていた。

潤くんと駅で別れ

電車に揺られ…
ほろ酔い気分で家路に着く。


マンションを見上げ、ポケットに手を突っ込むと、クローバーのキーホルダーのついた まぁくんの部屋の鍵がチャリっと音を立てた。

…ごめん。今は。

オレは顔を上げると2階を通り過ぎ、3階への階段を上る。
真っ暗な自室のドアを開けた。


物音ひとつしない、しん…とした部屋。
さっとシャワーを浴び、ガシガシとタオルで頭を拭きながら、寄りかかるようにベッドに凭れた。


「もう二度と持つことないと思ってたけど…」


ボソッと呟くと、ベッド下のスペースに 雑然と置いてあったカメラを手に取った。
埃をかぶったカメラは、恨めしそうにオレを見つめている。


「…そんなに怒るなよ」


同じ場所に置いてあった箱を手探りで探し当てると、そのフタを開けた。このカメラと共に、長年愛用してきたクリーニング道具が入っている箱だ。オレは、その中からブラシを握った。

カメラに付着したゴミや埃を、ひとつひとつ丁寧に払い落としていく。
レンズを外し、ブロアーを吹き付けると
変わらない感触が、指先に馴染んだ。



眠ったのは、明け方だった。

すっかり日が高くなった頃、枕元でスマホが小さく震えたのに気づく。

まぁくん…?

ベッドの中でイモムシのようにゴロゴロと転がり、眠気と戦いながら…手を伸ばしてスマホを掴んだ。

ふぁ…

盛大なあくびをしながら画面を見れば、それは潤くんからで。昨日話した写真を、オレに頼みたいという連絡だった。
日にちは来週の月曜日。
え、そんなに急に?
聞けば、奥さんは里帰り出産を予定しているらしく、再来週には実家に戻ってしまうらしい。

慌てて起き出し 知り合いに連絡を入れると、ちょうどキャンセルが出たらしく、何とか撮影場所を確保することができた。

あとは…

主役は妊婦さんとお腹の赤ちゃん。
当日の衣装やペイントの希望を確認すると、至ってシンプルな写真が良いとのこと。
店にある衣装の中からイメージに合いそうなものを数点レンタルする形で用意することにした。

…でも、どうしても女性スタッフが必要だよな。

今のスタジオでヘアメイクを担当してくれているスタッフに頼み込んで、なんとか当日手伝ってもらえることになった。


この日は一日中、連絡や手配に忙しくて
やっと…夕方になって一息ついた。

ベランダに出て、大きく伸びをすると
丸まっていた背中が、音を立てて軋んだ。


オレンジ色の綺麗な夕日に
まぁくんの明るい髪色を思い出す。


…今できる準備は、このくらいかな。


潤くんと会ったことを黙っているのも気が引けるし、何より…自分の中で写真への熱が再燃し始めたことを聞いて欲しかった。

ケツのポケットからスマホを取り出すと

"話したいことがあるの" と、まぁくんにメッセージを送った。





つづく



miu