つづきです
スタジオを出ると、外は雨が降っていた。
8時頃終わると言ったオレの言葉をそのままに、5分前には来て待っていたのだろう。
相変わらず律儀な男の足元は雨で濡れていた。
シャッターの閉まった店の前。
潤くんはオレの姿を見つけると、すっ…とスマートに傘を差し向ける。
…ほんと、変わらないな
久しぶりに再会した友人の傘を断り、カバンに入っていた折り畳み傘を拡げてさした。
ふたり並んで歩き出し…
オレは、駅前にあるイタリアンバルを指差した。
「ね、潤くん。あそこで良い?」
「え?…あぁ」
お洒落だけど、立ち飲みスタイルの気楽な店。
メニューを見ると、潤くんはグラスビールを二つとトリッパ、コンビーフのポテトサラダを注文した。オレの好きなライスコロッケも忘れずに。
「ふふ…やっぱり、潤くんだ」
高めのテーブルに頬杖をついてクスクスと笑うと、潤くんも お前こそ って、そう言って笑った。
「自分の好きな店にすれば良いのに、俺の好みに合わせただろ。ほんと変わってねぇな」
「オレは潤くんと違って、何でも食べるもん」
こんなやり取りも懐かしい。
…と言っても、最後に会ってから半年ちょっと。そんなに変わるもんでもないか。
「乾杯」
冷えたグラスを合わせる。
運ばれてきたライスコロッケをつつきながら、気になっていたことを聞いてみた。
「ねぇ、何で…あの店にオレがいるの分かったの?」
「お前がいなくなってから…
どこを探しても誰に聞いても 行方が分からなくてさ。なにか手がかりでも見つからないかって、Twitterとか…片っ端から探してたんだ。ニノのことだから、元気でさえいればカメラ続けてると思って」
そう言いながら潤くんが見せてくれたのは、数日前にスタジオで撮影をした子どものママだった。
自撮りらしい写真とともに "#イケメンカメラマン " と添えられたオレの横顔が。
うわ、こんなの撮られてたなんて 全然気付かなかった。
突然、潤くんの前から消えてしまったオレを、ずっと心配して探してくれていたの?
…自分の身勝手な行動が、周りの人を巻き込んでいたことに改めて気づいた。
素直に、ごめん と頭を下げる。
「ニノが元気なら良いんだよ。ただ…」
俺には相談してくれると思ってたのに、何も言ってくれなかったのには 正直凹んだわ と、少しばかりの恨み言を呟いて、グラスのビールをぐいっと飲み干した。
「そうだ、ハガキありがとう」
「良かった。ちゃんと届いてたんだ」
「ふふ。郵便物の転居届出してるあたり、オレって真面目でしょ」
潤くんは目を細めて、あははっ と笑った。
「…奥さんも元気?」
「うん、元気だよ。もうすぐ子どもも産まれる」
「へぇ、おめでとう!」
口先だけの祝福ではなく、本当に…心から嬉しいと思った。友人から繋がれた新しい命の誕生と聞いて温かい気持ちになる。
「お祝いしなきゃね。ね、何が欲しい?」
「そんなの要らねぇよ」
「オレがお祝いしたいの!」
少し考えて…
「あ、だったら 写真を撮ってくれよ」と潤くんが目を輝かせた。
「マタニティフォトを撮ろうかって話してたんだけど、それをニノに撮って欲しい」
「それは良いけど…」
マタニティフォトは妊婦さんが男性カメラマンを嫌がる場合も少なくない。旦那の友だちとはいえ、大きなお腹をオレに撮られるのは嫌なんじゃ…
「じゃあ、奥さんがオレで良いっていうなら、喜んで引き受けるよ。女性のカメラマンも知ってるから紹介できるし」
「分かった。聞いてみる。
あ。ニノ…新しい連絡先教えてくれるんだろうな?」
「あはは、だよね」
こうして、オレのスマホには
再び…潤くんの名前が追加された。
つづく