つづきです






ちゃんと病院に行くようにと念を押して、相葉さんは仕事に出かけた。


…この部屋の合鍵を置いて。 


緊急時だし、ずっと…とか
そういう意味ではないのだろうけれど

この、手のひらにすっぽりと収まるほどの小さな鍵が、オレにはとても大きく感じた。



月曜日ということもあってか、病院はそこそこ混んでいた。
それでも昼前には終わり、薬をもらって 途中コンビニで買い物をしマンションへと戻る。
3階まで上り自室に戻ったのだけれど、借りたベッドをそのままにして出てきてしまったことがどうしても気になって…
昼メシを済ませて薬を飲むと、替えのシーツと枕カバーを手に相葉さんの部屋へと戻った。


「おじゃま…します」


もちろん返事はない。
だけど、この部屋に残る相葉さんの気配が、"お帰り"とオレを優しく迎えてくれるから

もう一度「ただいま」と言い直した。

玄関の端に靴を揃えて中へと入り、手早くシーツと枕カバーを取り替えると、洗濯機へと放り込む。

部屋に戻り、テーブルの上に預かった合鍵を乗せた。

…そういえば、相葉さんの呼び方どうしよう。
確かに"さん付け"がよそよそしく感じるのかもしれない。なら、相葉くんとか雅紀くんとか…
そんなことを考えていたら、相葉さんの 黒くてまぁるい瞳を思い出した。
オレを見つめる…キレイな瞳を。

まぁ…くん。

//////うん、良いんじゃない?
帰ってきたら、まぁくんって呼んでみよう。


オレも、アナタが好きだよ。

でも、本当にそれで良いの?
まぁくんには、普通の恋愛をして欲しいとも思う。
それでも、一緒にいたくて…

ぐるぐるぐる

また…元に戻ってしまう。

明確な答えの見つからないまま
オレは、ごろんと床に転がった。


どのくらいそうしていたのだろう

カチャカチャ と いう、聞き覚えのある音に、オレは身体を起こした。
…玄関の鍵を開ける音だよね。ずるずると何か荷物を引き摺るような音が続く。
思わず時計を確認した。
まだ帰ってくる時間じゃないけど、忘れ物とか?
飛び起きて廊下に出れば、知らない人にまぁくんが抱きかかえられていた。
額には汗が浮かび、ぐったりとしている。


「…まぁくん?」


その人はオレを見つけると ふにゃりと笑い、じゃあよろしく って、まぁくんを預けて帰ってしまった。支えながら何とかベッドまで運ぶ。
ベッド横になると、バツが悪そうにオレを見上げた。


「あの…これは、その」

「絶対風邪引かないって言ったのは、どの口よ」

「風邪じゃないよ。熱が出ただけだし」

「そういうの、減らず口って言うんです」


ピシャリと会話を切った。
もうしゃべらないで。だって、酷く息が苦しそう。
昨日のオレと同じ症状だから…
とりあえず解熱剤を飲ませて寝かせれば、かなり楽になるだろう。たしか、昨日飲ませてもらった薬が棚にあったから…
立ち上がったオレに、大丈夫なの?って。
人のこと心配してる場合じゃないでしょ。アナタよりよっぽど元気です。

…でも。


「でも、やっぱり…うつしちゃったよね。
…ごめん。まぁくん」


謝ってもどうしようもない。
申し訳なくて下を向いていると、ベッドから飛び降りた相葉さんがオレを覗き込んだ。


「あの、ニノ…オレのこと」


あ、そっち?
…気づいたのね。


「さっきもスルーされたし。まぁくん、は気に入らなかった?
じゃあ…相葉さんって呼ばせてもらいます」

「良い!すごく良いです!!」


パァ…っと表情を輝かせたと思ったら
次の瞬間、もうまぁくんの腕の中。嬉しいってぎゅうぎゅうと抱きしめられる。
苦しいよ。もう。

ストレートな感情表現に、思わず頬が緩んでしまった。




つづく



miu