つづきです








仰いだ空は 昼間の曇天とは違い、月が顔をのぞかせている。

半分ほどの大きさの…
スッ  と した美しい姿に、あの人が重なった。


…焼肉屋…

ニノが知っていた三丁目の店は無くなっていたけど、同じ名前の店だ。何かしらの繋がりがあるような気がする。

ここからは少し遠かったが、オレはあの焼肉屋へと向かった。




30分ほど歩き、辿り着いたオレは
ガックリと肩を落とした。

看板の明かりが落ちている。
扉を見ると、そこには  " close " の 札が下げられていた。


「ぅわ、休みか…」

仕方ない、と 
深く息を吐き出し、背中を向けてアパートに戻ろうとすると、後ろから声をかけられた。


「あれ…この間の?」

振り返れば、見覚えのあるイケメンが、目を細めて手を振っていた。
スタスタと近寄ってくる。


「また来てくれたのに、休みですいません」

「あ、食べに来たんじゃなくて…話を…」


そこまで言って
失礼ですよね  と 頭を下げた。


「…?  なんだろう。笑
立ち話もなんだし。よかったら、中にどうぞ?ビールくらい奢るから」


突然の来訪者に、嫌な顔一つせず、快く受け入れてくれる彼は大人で。
その懐の広さに、オレは感謝した。

営業していない店内。
奥の個室に通されると、目の前に外国のラベルの貼られた お洒落なビールが置かれる。

…派手な造りの顔立ちなのに、物静かで、落ち着いた人だな という印象だった。


「どうぞ?」

少し低めの声も…とても耳触りが良くて。
まだ2回しか会っていないなんて思えないくらい、彼の前で リラックスしているオレがいた。


「あの…聞きたい事があるんです。
このお店って、以前別の場所にありませんでしたか?50メートルくらい手前の、信号のあたりに…」

「なんで知ってるの?  
確か…越してきたばっかりって言ってたよね」

「友達から…その場所を聞いたんです」

「じゃあ、その友達って…15年以上前に この辺に住んでたのかな?
かなり古い建物だったから、ここに移動したんだよね。元々は親父が焼肉屋をやってたんだけど、俺が5年前に継いだんだ」

「そう…なんだ」


飲まずに置かれているビール瓶は すっかり汗をかき、テーブルの上に小さな水たまりを作っていた。

15年以上前…
 
あのアパートが建ったのが10年くらい前だと
不動産屋が言っていた。
じゃあ、その前の…?

ニノって、何歳?
見た目はすごく可愛いし若いけど、ビール好きだしなぁ。
20歳は過ぎてるんだろうと思う。

仮にプラス15歳だとしたら、35、6?

……………


「ん? どうかした?」

「あの…店長さん、何歳?」

「松本だよ。笑  
俺は、今年36になるけど?」


…身体にニノを入れて、この店に来た時の感覚を思い出す。

この人と初めて会ったにもかかわらず、懐かしさを感じたのはなぜ?
いつもは饒舌に喋るのに、言葉が少なかったニノ…


「あの…もしかして、ニノって知ってます?」


突然の俺の言葉に、松本さんは目を見開き 驚いた様子だった。
だが、すぐに優しい表情に変わる。

そして、昔を懐かしむように…

ポツポツと語り出した。



つづく



miu