…次の瞬間
ワタシは  釣り竿を放り投げ
走り出していた。


「おい!   かずくん?!どうした?」

「おっちゃん、ゴメン!!
チョット…行かなくちゃ!」


軽トラに飛び乗って

ワタシは … 溢れる涙を 拭いながら
家とは逆の方向へと 車を走らせた。


今、一番 …
大野さんを感じられる所へ。


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錆びついた 階段を
ガンガンと 音を立て 駆け上がる。

自分の部屋のカギを取り出した所で
思い出した。


(あ…大野さんの絵  翔さんの部屋だ )


日曜日の 夕方。


既に 陽は落ちかけて…

隣の部屋に 明かりは 点いていない。


ドアノブを回してみたけれど
やっぱり カギが かかっていた。


絵は無くても

一緒に過ごした 部屋は
アナタを想うのに…充分だよね。


ワタシは 
自分の部屋のカギを開けた。


…?
ドアを開けた瞬間…鼻に付いた匂い。


締め切ってたから?


何も無い…この部屋。

空気を入れ替えようと
窓に手を掛ける。


その  反対側の壁を見ると

そこには  キャンバスが 
立てかけられていた。


大きな布地が 上から掛けられ  
絵を覆っている。


翔さん 戻しておいてくれたんだ…



あぁ、これは 絵の具の匂いか。
アナタに染み付いていた…



涙が  零れる。



懐かしい匂いが  胸を締め付けた。


込み上げてくる 涙を  
手で拭う。


布越しに  この身体を絵に預け

暫くのあいだ 
大野さんの匂いに 包まれていた。


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でも…何か違和感を感じて


ざわつく心に

深く  深呼吸して
その布地を 落とした。



つづく



miu