昨日、カルテ開示を申請してきた。
ホスピス転院も検討したが、病状を考え最期まで (緩和治療を含め)一つの病院で治療を受けた。
妻の病歴を書くのは、カルテのコピーが手元に来てからにしよう。
私がカルテを正確に読めるわけではないが、記憶だけにたよって書くよりはよいだろう。それに、時系列の記憶の不確かなところもある。
by yamo-o
昨日、カルテ開示を申請してきた。
ホスピス転院も検討したが、病状を考え最期まで (緩和治療を含め)一つの病院で治療を受けた。
妻の病歴を書くのは、カルテのコピーが手元に来てからにしよう。
私がカルテを正確に読めるわけではないが、記憶だけにたよって書くよりはよいだろう。それに、時系列の記憶の不確かなところもある。
by yamo-o
私達夫婦は東京に住んでおり、母 (妻の母、敢えて義母とは言うまい) は、80歳で離れて住んでいる。 妻の訃報を聞き、妻の姉とともに6時間ほどかけて上京した。
今回の入院は1月初旬からで、入院当初一回だけ母は妻を見舞ってくれたが、年齢的に頻繁に見舞いに訪れるのは難しかった。 今回の入院の退院は悲しいものになるであろうことは、入院一週間後に伝えてあった。 その時点で母は、自分の体力を考え、「もう見舞いには行かず、葬儀には何が何でも駆けつける」 と決意したように思う。
私は、妻の葬儀が、「できるだけ多くの人が母に妻の想い出を語ってくれる場」 であってほしいと思った。
by yamo-o
「毎日、一行は書くことにしよう」 と思って始めたが、これがなかなか難しい。
本格的に書き始めるのは4月ごろになりそうだ。
とりあえず、2月22日から昨日(3月1日)までを書き留めておこう。
2月22日午後 : 妻の遺体帰宅、 妻の母と姉上京
2月23日 : 通夜 (18:00~19:00)
2月24日 : 葬儀 (11:00~12:00)
その後火葬、妻は骨壷の中に ・・・
2月25日~27日 : 茫然自失、 その過程でブログ開設を思い立つ。
2月28日 : 葬儀費用支払い
月末の銀行混雑のため、直接、葬儀社へ。
そこで、墓の話になった。 生前妻は、
「近くに新しく墓を建て、将来は子供たちと一緒に ・・・」
と話していたことがあった。 葬儀社に紹介してもらい、
近くの墓苑に墓を建てることを考えてみることにした。
by yamo-o
2006 年 2 月 22 日 午後 0 時 00 分、 妻死亡。
死亡診断書によると、
死亡の原因: 乳癌 (発病から死亡まで 2年7ヶ月)
手術: ① 局所コントロール目的で右乳房切除
② 脳転移巣に対して開頭腫瘍摘出術
解剖: なし
数日の自失状態を経て、ブログで看病を通して見えたものを振り返ってみようと思い立った。
2月22日は 「にゃん にゃん にゃん」 で 「猫の日」 だそうだ。