昨日(9月20日)、母から稲刈りを行うから実家に帰ってこいという連絡があった。
現在、大学付近に下宿しているものの、実家に気軽に帰れる距離ではあるのだ。
私は今日(9月21日)の朝に実家に帰ることにした。
そして、無事に最寄り駅までたどり着いたのだが、既に稲刈りを始めているのか親との連絡がつかない。
私の家から最寄り駅までは徒歩150分、今まで歩いて帰ったことはないし、帰ろうと考えたこともなかった。
しかし、今日の私はひと味違った。
『バスで帰ると700円近く払うことになる、しかも乗り換え時間がうまく合わず、家に帰るのは二時間三十分後だ。
これなら歩く方が効率的だな』
こうして私は長い長い自宅への道を歩き始めたのである。
最初はよかった。久しぶりに動かす体、火照る肉体に高揚感すら感じていた。
しかし、30分ほど山道を歩いているうちに気づいた。これは歩く距離ではないと。
こうなるともう後悔しかない。
私は山の中、叫んだ。
『遠すぎるよー』『もうやだよー』
通りかかる車を見つめ、知り合いならば乗せてもらおうと思った。
しかし、私の願いは届かない。
そうすると、もはや私の足を動かすのは
『早く実家に到着し、両親を手伝ってあげたい。』
という強い気持ちのみであった。
私をここまで育て上げてくれた実家の米。そして、それを作る両親。一刻も早くわたしもその手伝いをしなければならない。
走れ私、歩け私。
気分は既にメロスだった。
汗を流しながら、田舎特有の登り下りの激しい道をただただ歩いた。無心で歩いた。
そして、ようやく実家を視界にとらえた時、私は異変を感じた。
音がしないのだ。あの稲刈り機が稲を切りさばいていく音が聞こえないのだ。
私は恐る恐る稲刈りが行われているはずの田んぼに目を向けた。
誰もいなかった。
私は昨日届いた母からの文章を見返した。
『この連休中の予定は?22日23日に稲刈りを するから手伝ってもらいたいです。』
私は叫んだ。
『明日じゃねーか!』
もう私を繋ぎとめる気持ちは何もなかった。棒のような足を引きずりながら、なんとか実家にたどり着き、深い眠りに落ちていったのである。
[今日の気になるニュース]
・65歳以上26.7%
どんどん高齢化が進んでいくんだなと感じた。特に私の実家のような田舎はその傾向が強い。
だからといってどうすればいいのかということは、私にはまだ思い付かない。
よく考えていきたい。