病院を終えて帰宅した。

その帰りに昼食を食べていない事に気付きカツ屋へ

定食を食べた。普通に美味しかった。
学生の頃は運動をしていたからか大盛り食べても胃もたれなんて縁もなかった。
今では普通の量を食べただけで動けなくなる。
まだまだ若いが歳を取ることへの恐怖を覚えた。

このまま一年二年が経過して自分がどうなっているのかすごく不安だ。今ある当たり前が当たり前で無くなってしまうかもしれない。けれどきっと普遍的物なんて存在しないのだろうと日々思う。

トレンドというものに人々は踊らされ一喜一憂する世の中だ。時代はいつだってそう動いてきたのだろうと、今更ながらに思う。

最近はsnsコンテンツが賑わっている。
しかしながらあまりいい物ではないなと実感する。
現実然りネットも不完全なのだ。
顔の見えない人を簡単に罵りその人の人生、あるいは感情すら殺す。人が死ぬということは不完全ということに他ならない。
昔彼女が言っていた言葉が浮かぶ。
言葉は包丁だと。意味は言わずとも理解できるだろう。何故だか自分のうまくいかない事へのストレスを他人にぶつけて欲を満たす人間が、ネットの普及により増加傾向にあると思う。
これは由々しき事態であり、早急に裁くべき事柄だと思う。人を傷つけ、自分の自尊心を保つことが至極当然の用にまかり通っている事に他ならない。
それに警鐘を鳴らして歯止めを効かせるべきだと当たり前ながら思う。こんな稚拙な文章を綴っているだけの自分に嫌気が差す。しかし、口だけでなんの行動もしないあたり自分も日本人だ。そう思う。

人は孤独を恐れる。群れなければ自分の居場所を形成できないからである。
多人数で尚且つ発言力がある人間に媚びへつらい、言わば金魚の糞をする事が世間的に当たり前になっている現状を理解できない。
本で読んだ事がある。孤独こそがエネルギー源であると。
根本的に人間一人一人が発想を転換する必要があるのだろう。きっとそんなことは叶わないけれど。

個が生きにくい世界線を築いているのは自覚のない少数の人間だ。自分の忖損得の為に当たり前かのように他人を使い、従えそして切り捨て、個である尊厳を破棄させる。実にくだらない。

これを見た人のマインドが少しでも変わる事を願う。そして他人に影響されず、己を突き通して健康に生きて欲しい。いつかそれが自分を救ってくれるはずだ。

追伸
皮膚科で肌荒れの抗生物質を貰う時にニキビの薬は〇〇〜みたいにデカい声で説明するのやめてほしい。本当にあれ傷つく。いやまじで