陣痛の記録1のつづき▼8月31日夕方、帰宅。
主人に、「今のうち仮眠取っててね」と優しさライセンスも使えた。
2時間後、眠くて眠くて、痛くて痛くて、「ふーぅ。。ふーぅっ。」と、自分のうなり声で意識がはっきりとした。
8分間隔で来る痛みは、腰をハンマーで殴られているのか?
と言う感覚で迫ってくる。
隣部屋で仮眠をとる主人に腹が立った。
「私は眠れてないのに、なんで、仮眠取ってなんて思ったんだろう。なんで、一人で痛みに耐えてるんだろう。。。」
痛みは理性を失うって聞いたけど思いやりも持てなくなるもの。
姉が未だ居てくれていたので、グレープフルーツのアロマで腰をさすってもらう。
腰を温めると痛みが緩和された。
陣痛の合間のどうでもいい「無駄話」が次の迫りくる痛みを忘れさせてくれる。
痛みに集中してしまったらパニックになりそうだった。
夜10時、姉たちが帰宅。
この時すでに陣痛は5分間隔、帰宅前に
「3分間隔になるまで病院に行かない方がいいんじゃない。また帰されても面倒でしょ」と姉に言われ、それもそうだと、ひたすら耐える。
夜11:00、つらい、痛い、眠れない。私の腰は今じゃアウトオブコントロール。
誰かに乗っ取られ、拷問をうけている気分。
主人に産道付近を指で押してもらうと楽になった。
5分間隔の痛みの間に3分が入った。痛みに耐える声は、うなり声化していたと思う。
声を出す。のではなく、うなり声が漏れる。
隣の部屋で寝ていた母が、「そろそろ病院いったほうが・・・」と何度か心配そうに声をかける。
「また帰されたら嫌だから、もう少し耐える。」とまだ喋れた。
傍らで、主人も心配そうにみている。
夜11時頃・・・このままじゃ、自力で歩けない。と感じた
病院へ。
内診室にて、「子宮口5センチ開大なので、このまま入院しましょう」
との言葉は嬉しかった。
反面、「えぇ?こんなに痛くて苦しいのに、12時間も経っているの・・・、センチしか開いてないの?」と少し気が遠くなった。
深夜の陣痛室へ。
神頼みではなく、赤ちゃんに頼んだ。
「そろそろ、出ておいでよ。もぅ9月になるよ。皆が9月に産まれてお出でと頼んだから待っていたんでしょう?でも、そろそろいらっしゃい。」
次の痛みが来るのが怖かった。
とてもとても怖くって痛くって、誰にもわかってもらえないのが辛かった。
痛みの合間に、友人から来るメールを見て気を紛らわせていた。
主人も母も言葉数が少ない人なのが辛かった。
雑談して気を紛らわせたかった。静かな部屋で痛みを待つのが耐えきれなかった。。
9月1日 朝6時 陣痛開始から40時間ほど経っている、
居眠りをする母が目に入った。
高血圧が心配だ、、家に帰してあげたかった。
迫りくる気を失いそうな痛みの中、人の心配をできる自分に笑えた。
ふと足元には、ずっと腰を支えていてくれている主人が、痛みの合間に居眠りをしている。
腕が痛そうだった。何十時間も産道付近を指圧してくれていた。
あの人、仕事人間なのに、2日連続休む事もないのに。。。などと、また人の心配をしている自分に笑えた。
丸二日間、まともに寝ていないので、意識が朦朧としてきた。
ここまで来て帝王切開は絶対に悔しいと思った。
ノンストレステストで、赤ちゃんが元気なことを確認。
子宮口は7?開大、お腹の強い張りも良好な陣痛の証。
あとは私の気力と体力にかかっていることは、のた打ち回りながらでもわかっていた。
痛みの波が来る度に、陣痛を理屈で考えようと頑張った。
無理。無理。無理。
いろんな意味で、「もう無理無理!!!」と叫んでいた(らしい)
痛みから開放されたいのか、幻覚をなんどかみた。地震が3度ほど来たし、ドナルドダックにも会った。
呼吸がやばかった。
呼吸法に集中しないとし死ぬと思った。自分ではリズムが取れない。
主人に頼みたくても、言葉、声が出ない。
なぜかトイレに行きたかったので主人に支えられながら起き上った。
じわっと下半身に生暖かいものを感じた。
「破水」!!!!!!
昨日からお世話になっている助産師志望の学生のYさんが駆け付けた。
白衣の天使に見えた!
Yさん「息を吐いて!吐ききって!そうすれば吸い込めるから」とリズムを取ってくれる。かなり助かった。呼吸に集中すれば痛みや力みを逃すことが出来た。
ズーーーーーーーーゥン!!!と赤ちゃんが産道を押しまくっている。
私「あ゙ッーーーーーーーーーーッ!!!出る感じ」
助産師「まだだ めです。子宮口全開大(10センチ程)まで頑張って」
主人「それってあとどのくらい?」
助産師「わからないです。この調子でいけば、いい陣痛が来ているので数時間ですかね」
気を失ってしまいたかった。
もう、体力が限界で、お腹を切ってもいいと心が折れそうだった。
母は、心配のあまり「促進剤」を口走っていた。
内心、「促進剤なんて嫌だ。ただでさえ痛いのに、人工的に痛みを起こされるのはもぅこれ以上耐えきれない。自然の痛みの方がまだまし」だと思った。
赤ちゃんと二人で頑張ると心に決めたのだ。
赤ちゃんが元気であれば、どんなに辛くても耐えられるとこの時に覚悟を決めた。
痛みで体が震えだした。
産道を進んでくる我が子はどんな状況か心配でしょうがなかった。
その時、胎動がまだある事に気が付いた。
普通、産道頭を固定した胎児は、動きにくくなると聞いていた。
なのに私の赤ちゃんは、しゃっくりして、お腹を蹴って、マイペースに生まれてこようとしている。
「なんてこの子は呑気なんだ。」
こんなに、せかせかした私なのに、産まれてくる子は呑気。
なんだか、狂乱している自分がちっぽけに思えた。
主人の顔が二重に見えた。景色が遠くなってきた。主人の顔、母の顔を見たかった。でも目が霞んで二重に見える。心細くなった。
その時!!
「分娩室へ移動します。kokoさん!!!聞こえますか!?赤ちゃん産むのよ!しっかりしなさい!!これからよ!!」
大きい声で言われているのか、耳元で言われているのか?
自分の意志とは別に陣痛の痛みとともに自分のうなり声が恐ろしかった。
分娩室にて
「力んでいいわよ!これから頑張って産むんだからね」
涙が出るほど嬉しかった。
突き進んでくる我が子に逢える。痛みが終わる。ひとりぽっちだった気がしていたけど、頭元には主人が居た。
立会してくれるか最後まで不安だったけど、そこにいてくれた。
アドレナリン大放出の私と違い、怖かったと思う。
二人で挑む事が、心強かったし嬉しかった。思わず手を握っていた気がする。
妊娠期間中、どんな思いで、私とお腹の赤ちゃんを思っていたのかな。心配だったろうな。いっぱい八つ当たりしてごめんね。と思った。
・・・と、同時に、痛みを共有できないことに腹がたった。笑
母が「私はここまでだからね。頑張るんだよ」と部屋を出た。
苦しんでいる娘を見送るのはどんな気持ちだったろう。
もう50時間近く陣痛と過ごしてきたのだ、痛みの波をカウントするのに慣れていた。
波に合わせて10回ほど力んだ。
強烈な○秘を出す感じ。(リアルですみません)
ここぞとばかりに、腹筋トレーニングの成果を発揮しようと思った。
あと、上腕二頭筋も使っておこうと。
助産師「ッハッハッハッハに変えて!」
私>キター!排臨しているな!?夢にまで見た終盤だ!
「っははっはっはっはっは!」
その瞬間 リズミカルに・・・ドルルゥン!何かがニュルリと体外へ。
「おめでとうございます!!!」
しわしわの赤ちゃんがぴょこんと出てきた。
声が聞こえない。
「泣かない・・・」とつぶやいた。心配で胸が押しつぶされそう。
その瞬間・・・
「ホギャーッ!ホギャーッ!」と低いハスキーな声で猫のような声が聞こえた。
言葉にならなかった。死んでもいいと思った。
ありがとう。ありがとう。あかちゃん、無事に生まれてくれてありがとう。
とてもとても疲れていた。感動して泣くこともできなかった。
でも、赤ちゃんが生きている。それだけで良かった。
主人がビデオを必死に撮っていた。
それより私に駆け寄って欲しかった。でも声が出なかった。
「おぉーぃ」と思ったが、意識が遠のいて、少し眠ってしまった。
強く希望していたので、へその緒が付いたまま腕に抱いた。
普段あまり感情を表に出さない主人が泣いたそうです。
