ター君は、この本を購入した小3の夏に左バッターの
練習を始めました。
昔の野球日誌を紐解いてみると、平成15年8月13日に
手塚一志氏の「バッティングの正体」とう本を読んだ
と記されている。
この本の169頁に、「今すぐ左に変えなさい」という項が
ある。
本文の内容は、バッティングを運動原理から分析しているが、
いたるところに、左打者絶対有利という記述がある。
エピローグは、亡くなられた父への手紙の形式で書かれて
いるが、その手紙にも、
「あの世で野球をやるのなら絶対左にしろよ、2割は違うから」
と結んである。
その後、同著者の「バティングの極意」も読破し、そして
この「左バッターになろう!」を購入しました。
この本の36頁に、「利き目をチェックする」という項がある。
右目が利き目なら左打者有利と記してあったので、
テストしてみると、ター君は右目が利き目だった。
そのとき、ター君を左打者にする気持ちが
大きくなりました。
ター君は右利きなので、当然右で打っていたが、試合での
打席は9割がた三振だった(当然ノーヒット)ので、右でも左
でも同じだった。従って、コーチは何も言わないだろうとの
読みがあった。
どうせダメなら思い切って左にしてしまえ
と半分ヤケクソで、8月20日に公園で初めて左で打撃練習をした。
このとき、偶然結構バットにボールが当たってので、
このときとばかり煽てて持ち上げて
「左いいねぇ~、右より全然いいスイングだよ」
と連呼したことを覚えている。
この頃から、左と右の両方の素振りをやる様になった。
あと、バッティングパンチというトレグッズ(後日紹介予定:
ティーバッティングみないなもの)を毎日打っていた。
スイングをビデオに撮って研究もした。
11月23日の練習で、トスバッティングをする際、ター君は
コーチに「左でやってみたい」と言ったらしく、左で打ち始めた。
またこれが、まぐれでよく当たった。
その日の練習終了後、コーチから
「左でまあまあいいスイングしていた。
決めるなら今しかないよ」
と言われたので
「左で練習をさせますので、よろしくお願いします」
と即答しました。
そして12月6日の練習で、初めてフリーバッティングで左打席
に立った。
この日の午前中、バッティングセンターで3ゲーム打ち込んで
きていたかいがあって、まあまあバットにボールを当てることが
できた。
チームメイトは「ふざけて練習するなよ!」と罵声を投げかけて
いたが、そのうち
「ター君左、いいんじゃなぁ~い」
と言う様になっていた。
この日は、チームメイトがター君の左を認めた記念日だ。
12月21日は、ター君が公式戦で初めて左打席に立った日だ。
やはり振れなかったが、結果は2四球。
三振しないで良かったと胸をなでおろした。
年が明けて平成16年2月29日。
この日は、公式戦で初ヒットが出た記念日だ。
2点差で迎えた最終回、3点を上げて逆転し、尚もランナー3塁
の場面、2-2から振り遅れのサード強襲(弱襲?)ヒット。
貴重な追加点を上げることができた。
この日は天にも昇りたい様ないい気持ちだった。
この日から、3試合連続でヒットが出た。
これはもう間違いなくジュニアチームのレギュラー定着だ!
と確信していたところ、翌週の地方遠征でレギュラーポジション
に指名されたのは、入部間も無い試合で1本もヒットを打った
ことが無い子だった。
ター君は下級生と併用でベンチを暖めていた。
これ以上書くと、また愚痴のオンパレードとなってしまうので、
ター君左バッタードキュメントは終了します。
注:試合出場は4年生までのジュニアチームであり、当然高学年
チームの出場はありません。
今は右で振ることはできません。
- 著者: 新日本石油野球部
- タイトル: 左バッターになろう!―強化トレーニング&テクニック