こんにちは


北九州小倉南区あんきゅう塾の夏バテ知らずあんきうです(^^)



わが教室でも盆休みが始まります。

私には障害を持つ身内がおりまして、夏休みは施設からの帰省の時期となります。

先日のやまゆり園の事件。

いろいろと思うことがありました。

なかでも名前の公表について是非を問う問題については、私は非公表で良かったのでは、と思います。



身内が判定を受けたのは成人になってからで、その後、私の家族が受け入れる形となりました。

しかし、そのときの身内は非常に精神的にも乱れており、毎日のように問題が起こり、このままでは

(おおげさでなく)誰か死んでしまうのではないか?と思うほどでした。


私は福祉課に相談し、判定を受けることとなりました。それは自分の家族のためだった、と思います。


そこまで、めまぐるしく移っていった光景が、「施設入所」「障害判定」という現実が見えた時に、急に

ゆっくりと回り始めたようになったのを今でも覚えています。

私が相談したのは正しかったのか?成人になり、障害を受けるということは本人にとってどういうことなのか?


という考えがめぐり始めたからです。そのときまではそんな余裕もありませんでした。



その後、判定を受け、身内は入所することとなりました。

そのときに身内が流した涙の意味は、年を重ねるにつれて胸をしめつけます。


「施設入所」をめぐっては親戚はほぼ否定的な考えで、しばらく周りと音信不通にもなりました。

時の流れが、凍ったものを徐々に溶かしてくれて、理解を得られるようにはなりました。


身内との対し方も「施設」を通して、身内も精神的にも落ち着き、私たちも冷静になり、と、双方が時間をかけて、「家族」になっていけたような気がします。

そういった意味で、このような施設は非常にありがたい存在であります。



ここまで、私が終始「身内」という表現で徹したのは、このような小さなブログでも、目に留まれば、困る、と感じる人が私の周りにいるからです。「障害」を持つ人々にはさまざまな背景があることを、施設に出入りしながら、肌で感じています。ご両親がお世話をされているところばかりではないのです。

あらぬ波紋をひろげないためにも、私は今回の名前は公表されなくてよかったのでは・・・と感じています。


11日から身内は帰省します。

楽しい夏休みになればよいと思っています。