2024・仲夏

先日、ン十年ぶりに名古屋城に行ったよルンルン

前回の名古屋市役所から歩いて10分くらいで東門チケット売り場に到着しました…🚶🏻‍➡️

途中、"市役所前"から観光客からのクレームで駅名が変わった地下鉄"名古屋城"駅を通り過ぎました…その近くには"NAGOYA"のモニュメントが設置されていました…ラブキューン

新駅名の地下鉄駅とモニュメントを見ながら…

市政資料館から来る途中で、名古屋城の規模がデカさを知らされました…それは、市役所裏側にある市政資料館(東区)から地下鉄"名古屋城"まで歩いて20分は楽に掛かる場所辺りで、土塁や堀の姿を見つけました…びっくりキューン

まさかの土塁?の跡がありました

画像では分かり難いでしょうが、手前の石垣から奥に向かって土塁なんです…まさに壁です…😱


すでに、昔ならいつのまにか城内に入っているんですね…ひょっとしたらこれ以上遠い場所から城内かも知れませんけど…びっくり


その"土塁"から何百メートル?かの場所には、堀の跡がありました…びっくりキューンキューン


さすが、徳川御三家、尾張徳川家17代の居城です…OK

市役所裏側にある堀の跡…

…と、言う姿を見ながら東鉄門跡に到着しました…グッ

東鉄門跡に到着…

東門横にある堀…

近くには大相撲でお馴染みの愛知県体育館があります…二の丸敷地内って事になります…OK

近くには愛知県体育館が…

東鉄門跡を抜けて東門チケット販売所までやって来ました…🚶🏻‍➡️

東門チケット売り場

近くにあった案内看板…

説明看板…

案内看板その2…

東門を抜ければ二の丸庭園、二の丸東庭園、二の丸広場になりますが、これまた広くて…とにかく二の丸ナントカって言う名称だらけの場所です…ポーン


ちなみに、広い名古屋城内の案内図をネットから広い貼り付けておきます…グッ

ネットからの案内図。

二の丸の一部です…

織田家の時代の名古屋だった頃、この二の丸にかつての那古野城が存在していたそうで、その説明看板のみが、寂しくその存在を示していました…もちろん当時の遺構などはありません…OK

今は寂しく存在を示す看板

名古屋城築城の際の功労者である加藤清正の像がありました…ポーンキューン

加藤清正公の像

清正公の像の背後には狭い堀がありました…デカい敷地内では珍しいので一応撮影しました…口笛

狭いが深い堀…

入門してからはすぐに何かと見どころ三昧で、最初から目を引いたのは、やはり、"東南隅櫓"でしたね…グッ

東南隅櫓

説明看板

そして、いよいよ"本丸表二之門"を通り抜けて本丸内へ、本丸御殿、天守へと向かいます…🚶🏻‍➡️

本丸表二之門、説明看板…

本丸二之門手前から見た東南隅櫓をしばらく眺めていました…ポーン

本丸二之門から見た東南隅櫓…

本丸二之門枡形虎口では武将隊に扮した前田利家が出迎えてくれました…びっくり


その場を過ぎると、平成30年に完全完成した(部分的な工期期間3期にて完成)本丸御殿が見えて来ました…びっくり

本丸御殿…

説明看板…

行列に並んで入館しました…グッ

ガイドの話では、京都二条城の二の丸御殿と造りが同じだとか…らしいです…ただ、名古屋城本丸御殿は復元されたものですから、やはり400年以上前からの二条城の価値は凄いものだと改めて思いましたけど、それはそれで、新しく復元された本丸御殿を楽しみました…キラキラグッ

中の様子の数々…

中から外を眺める…

そして、再び中の見学を楽しみました…ポーン

見学にも少々飽きが…

隣には小天守閣の石垣が…

下御膳所にて中の見学が終了…

去年3月にWBCメンバーとして名古屋空港に降り立った大谷翔平選手、本丸御殿建設時に使用した故郷岩手産の材木の切れ端にサインしたものが、展示されていました…ポーンルンルンキューン

大谷翔平選手のサイン材木

本丸御殿から外に出て天守閣を目指しました…🚶🏻‍➡️


先ほどの下御膳所辺りの外には、上台所の看板がありました…はて?どう違うのやら…?チーン

外から見た上台所からの外観…

本丸御殿と天守閣の風景…

天守閣(大小)は、今は、内装などの改装中で入る事は出来ません…ガーンガーン


外から眺めるだけです(令和6年6月現在)…あしからず…えーん

天守閣を下から見上げる…

お断りの案内書…

小天守も入れません…

名古屋城天守閣…

旧二の丸東二之門に向かい歩いて行きました…🚶🏻‍➡️


一之門の枡形の石垣には、鏡石と呼ばれる藩主の権力の象徴で、その巨石は加藤清正公が運んで来たと言われる巨石です…ポーン飛び出すハートキューン

東一之門跡の様子と説明看板…

桝形の様子…

"清正石"と呼ばれる鏡石と説明看板…

旧二之丸東二之門と説明看板…

残念ながら、その旧二之丸東二之門から先は石垣工事のために通行禁止になっていました…ガーンガーン


仕方なく、来た道を戻り、本丸御殿を眺めながら元来た表二之門まで行き、一旦内堀沿いを西南隅櫓、西之丸、正門に向かい歩きました…位置的な事を理解して頂くために、この場でも、先ほどのネットからの案内図を貼り付けておきますね。お願い

ネットからの案内図。

西南隅櫓と内堀の様子…

西南隅櫓から本丸表ニ之門方面を眺める…

西之丸から西南隅櫓から天守閣を眺める…

西南隅櫓から表二之門方面を眺める…

西南隅櫓から天守閣への石垣と堀の様子…

西南隅櫓の説明看板…

正門…

西之丸から御深井丸に向かい歩いて行く途中、外堀が見える狭い堀が見えました…それを"鵜の首"と呼ぶそうです…照れキューン

鵜の首の様子と説明看板…

御深井丸からの天守閣は迫力が違いましたね…名古屋城は"金のシャチホコ"で有名ですからね、そのシャチホコもピカピカ✨していました…ポーン飛び出すハート

御深井丸からの天守閣の眺め…

御深井丸から西之丸方面の眺め…

御深井丸から不明門方面の眺め…

石垣の説明看板…

金の鯱のオスとメス

御深井丸から外堀を眺める…

御深井丸から不明門に向かいました…🚶🏻‍➡️


やがて石垣工事の様子が見えました…それにしても今は城内あちこちで工事だらけでちょっと不満もありますけど仕方ない事ですね…ショボーン

石垣工事と説明看板…

そして、不明門を通り再び本丸へ戻りました…🚶🏻‍➡️

不明門と説明看板…

そして、天守閣の横を通り、本丸御殿横を通り、もう一度、表二之門を通り、二之丸に向かいました…ランニング

二之丸跡は広い!  (これは一部なんですよ)

二之丸にあるサテライトショップ横にはひっそり建っている石碑が見えました…ポーン

説明看板を見ると、何やら幕末頃に悲しい事件(明治維新前の倒幕派、勤王派、佐幕派などの考えの違いによる争いで、藩主徳川慶勝は勤王派で藩内の佐幕派を処刑)がこの場で起こったらしいです…ゲッソリ

尾張勤王青松葉事件の遺跡

二之丸はとにかく広い!

こうして、汗だくで約2時間半ほど歩き通して最初に入城した東門から出て、少し遠い市政資料館近くの駐車場まで更に歩いて戻りました…あー!歩き疲れた1日になりました…ゲッソリ{emoji:522_char3.png.完了}