ソフィーの世界下巻

んにちは

 

いつもみてくれありがとうございます。

 

ブログ管理者の石松です。

 

 

今回は前回に引き続き「ソフィーの世界」を紹介していきます。

 

ソフィー世界は上下巻の2冊に分かれていて、前回は上巻そして今回は下巻になります。

 

 

上巻は主にソクラテスを中心とするギリシャの哲学者たちの思想を説明しています。

 

下巻はヨーロッパ中の哲学者に加え、マルクスやダーウィンといった哲学者以外の人の思想も紹介してます。

 

 

これを意味するものは、哲学というジャンルは科学やあらゆる思想に多大なる影響を及ぼしているという点にあるということです。

 

 

そういう事でいうともはや哲学という枠で囲まないほうがいいのかもしれません。

 

 

啓豪主義

 
イタリアにはルネサンスという偉大な時代がありました。
 
「他のヨーロッパにもそんな流れみたいのがあるのか」?というとその答えはYESです。
 
 
ルネサンスほど有名ではありませんがフランスに啓豪主義というものがあります。
 
啓豪主義を一言で言うと自由、平等、博愛です。
 
 
どっかで聞いたような言葉ですね。
 
そう少年ジャンプのモットー友情、努力、勝利と一緒です。(笑)
 
 
と言うのは冗談でこの3つの言葉はフランスの国旗の三色に表されているそうです。
(*)縦に青、白、赤の三色でトリコロールと言われています。
 
そしてこの時代に生まれたビッグネームはモンテスキュー、ヴォルテール、ルソーになります。
 
 
モンテスキューなんかあの有名な三権分立を考えた有名人でもあるのです。
(*)三権分立は司法、行政、立法に分かれ、それぞれ独立している。
 
 
啓豪主義をポイントで絞るとしたら7つになります。
 
 
それが
 
  1. 権威への反逆
  2. 理性の時代
  3. 啓豪運動
  4. 文明楽観主義
  5. 自然に帰れ
  6. 自然宗教
  7. 人権
 
になります。
 
1つづつ順に追って説明しましょう。
 

1、権威への反逆

 
フランスの多くの哲学者はイギリスに渡りました。
 
そこでニュートンの自然科学やロックの政治哲学などに影響を受けたのです。
 
 
そしてフランスに帰った彼らは、だんだんと古い権威に戦いを挑むようになりました。
 
そういった古い権威の抵抗はフランス革命という形になって現れたのです。
 

2、理性の時代

 
先ほどのロックの名前が出てきましたが彼は、神を信じる事や、ある種の道徳規範は生まれつき人間の理性に備わっていると考えていたのです。
 
 
これがフランスの啓豪主義哲学の核になっていったのです。
 
ソクラテスと同じ古代の人間中心主義者と同じように啓豪主義者達は人間の理性に揺るぎない信頼を寄せていました。
 
 
その為に啓豪主義時代は、理性の時代と呼ばれるようになったのです。
 

3、啓豪運動

 
啓豪主義者達は、広く民衆に啓豪する事が先決と考えました。
 
彼らは、貧困と抑圧があるのは無知と迷信がはびこっているからだと考えたのです。
 
 
そこで子供や民衆の教育がおおいに注目されました。
 
教育学が始まったのは啓豪主義時代からだと言われてます。
 
そして啓豪主義者たちは、集大成として二十八卷の百科全書を作ったのです。
 
 

4、文明楽観主義

 
この時代、啓豪主義者達は考えました。
 
理性と知識が広まりさえすれば人類は大きく進歩する」と
 
 
「これさえ解決さえすれば不合理も無知もあとを絶って啓豪された人類が現れるはずだ」と信じたのです。
 
 
これが後のニュータイプの出現につながりました。
 
↑上記の一行はウソです(笑)
 
 
ニュータイプは冗談ですが、これが文明楽観主義と呼ばたのです。
 
 

5、自然に帰れ

 
 
自然に帰れ」といっても別に原始時代の様な生活に戻れというわけではありません。
 
これはルソーという政治哲学者が言ったスローガンです。
 
 
この意味として自然は善良なものであり従って人間も本来善良なものなのに文明によって損なわれているというものです。
 
だからルソーは、子供時代はできるだけ長い事汚れを知らない自然な状態に置かれるべきだと考えたのです。
 
 

6、自然宗教

 
 
啓豪主義者達は宗教も人間の自然な理性と調和させなければと考えました。
 
それが自然宗教です。
 
 
哲学者の中には無神論者もいました。
 
しかしほとんどの啓豪主義者達は、神のいない世界など非合理だと考えました。
 
 
彼らにとって人間には不死の魂があるか、という問題は、信仰よりむしろ理性の問題だったのです。
 
 

7、人権

 
啓豪主義にとって人権は一番のポイントになります。
 
 
この事で示す様に啓豪主義は実践的な哲学と言えるでしょう。
 
フランスの啓豪主義者は自分達の哲学から実践にあてはめることに長けてました。
 
 
彼らは市民の自然な権利、出版の自由や奴隷制度の廃止、犯罪者の人道的な扱いの為にも戦ったのです。
 

カント

 
カントは今でいうドイツで生まれた敬虔なクリスチャンでした。
 
なので彼の哲学もキリスト教に影響を受けていると思われます。
 
 
 
しかしなぜか彼は因果律の存在を固く信じていたのです。
(*)因果律は物事には必ず原因があるという考え方
 
因果というと仏教になりますが、キリスト教徒であったカントが仏教の思想に近いのは面白いですね。
 
彼は因果律は絶対に正しい。その理由は1つで人間の理性が全ての出来事を原因と結果の関係に捉えるからだと考えてました。
 
つまり因果律は人間に生まれつき備わっているというものです。
 
 
 
カントの考えの1つの内に私達人間は世界を経験するには感覚理性もそれぞれ一役買っているというものがあります。
 
つまり人間の知識は全て感覚をとうしてやってくると考え、またもう一方で人間がこの世界をどの様に把握するかを決める重要な前提条件は私たちの中にあると考えたのです。
 
 
わかりにくいので例をいいますと色つきのサングラスがあるとします。
 
そのサングラスをかけると世界は赤く見えるのです。
 
外に広がる世界がどの様に見えるか?そのサングラスのレンズ自体によるものなのです。
 
つまりサングラスで世界が赤く見えても本当の世界は赤いとは言えないのです。
 
 
あなたは「なに当たり前のことを言ってんだ」と思うのかもしれません
 
カントは「私たちの理性は経験にいわば片っ端から色をつけている前提条件だ」というのです。
 
 
条件というのは時間空間の中に現れたものとして受け止めている、時間と空間がここでいう前提条件、つまりサングラスということなのです。
 
そしてカントは時間と空間を人間の二つの直感の形式と呼んだのです。
 
この二つの形式が私たち人間の意識の中に存在しているというのです。
 
 
わかりやすくすると
 
サングラス=時間と空間=理性=人間の生まれつき性質
 
になります。
 
なんだか余計わかりづらくなってしまいましたかね。
 
 
 
カントによれば人間が世界を認識する為には二つの要素があるそうです。
 
一つは外からやってくる感覚によって感じとらなければ知り得ないものです。
 
これが認識の素材です。
 
 
もう一つは、すべてを時間と空間の中の因果律にそった出来事とみなすような人間に備わっている内的条件です。
 
これが認識の形式です。
 
難しくなりましたが、要は認識の素材も形式も先ほどに書いた感覚と理性のことを言っているのです。
 

マルクス

 
マルクスというとなぜか今は亡きソ連を思い出します。
 
共産主義者のことをマルクス・レーニン主義者ともいいますからね。
 
でも彼は哲学者でもあったらしいのです。
 
 
哲学者というより史的唯物論者と言った方が正確でしょう。
(*)史的唯物論は理念や価値観、意味や感受性など精神的、文化現象が経済や科学技術など物質的側面によって規定されるとする立場をとる。
 
 
それと同時に歴史学者で社会学者で経済学者でもありました。
 
なんかオールマイティーな人物だったのですね。
 
 
彼がまず考えたのが精神が物質的な状況の変化をもたらすのではなく、その反対であり物質的な状況の変化が新しい精神をもたらすということです。
 
つまり社会の経済という力がすべての変化をリードすると考えたというのです。
 
やっぱここら辺が社会主義的な考え方ですね。
 
 
そしてマルクスは物質的、経済的、社会的な状況を「下部構造」と呼び、社会の考え方、政治制度、法律、宗教、道徳、芸術、哲学、科学こういうものをひっくるめて「上部構造」と呼んだのです。
 
さらに彼は建物には構造全体を支える頑丈な基礎つまり下部構造が必要で、同じように物質的な条件が社会のすべての思想や理念を支えていると考えました。
 
 
この当時の資本主義はひどいもので資本家はますます豊かになった反面、労働者は安い賃金で働いていたのです。
 
そしてこう言った行為をマルクスは搾取といったのです。
 
 
こういうことが行き着いた先にプロレタリアが立ち上がって資本家を力で牛耳る新しい階級社会が続く。この移行段階をプロレタリア独裁と言います。
(*)プロレタリアは労働者、無産者、貧乏人の意味
 
 
このプロレタリア独裁は階級のない社会、つまり共産主義社会に変化していくとマルクスは考えたのです。
 
 
実際、ロシア革命でロシアは崩壊しソ連になったのですが
 
結局そのソ連も崩壊しロシアにもどり元のもくあみです。
 
そういう意味では共産社会主義は失敗でした。
 
 
しかしこの時代のようなひどい搾取が現代の先進国の中ではなくなった事はマルクス主義もある程度影響があったのかもしれませんね。
(*)途上国は今でも国民が貧困で苦しんでますが
 
 

ダーウィン

 

ダーウィーンが哲学者かというと厳密には違ってきます。

 

でも彼は聖書の教えをぐらつかせた偉大な思想家と言ってもいいでしょう。

(*)実際の彼は生物学者で博物学者です。

 

彼の説いた進化論は現在の世界では当たり前になっています。

 

人間の祖先が猿だった事も皆知っている事です

 

 

しかし聖書で始めの人間はアダムエヴァで神が人間を創造したとされてます。

 

そしてこの当時のキリスト教の教えは絶対だったのです。

 

 

そう言った意味でもダーウィンの思想はキリスト教の教えを真っ向から否定したものでした。

 

ダーウィンというとガラパゴス諸島が思い出されます。

 

ガラパゴスはイグアナやゾウガメが有名ですね。

 

日本も東洋のガラパゴスと言われるほど自然が独特です。

(*)余談ですがその場所でしか通用しない独特の仕様をガラパゴス化と言われます。

 

ガラパゴスに行ったダーウィンは何を発見したかと生物の進化の発見であります。

 

 

例えばゾウガメですがこのカメは島によって少しずつでありますが違っていたのです。

 

鳥の観察ではもっと顕著に違いがありました。

 

フィンチという鳥はくちばしに尖り具合が島ごとに違っていたんです。

 

そしてこの違いでフィンチの餌が島によって違う事と密接につながっていたのです。

 

 

とがったくちばしの地上フィンチは松の実を食べてました。

 

小さなムシクイフィンチは昆虫を

 

樹上フィンチは木の幹や枝や昆虫を食べてたのです。

 

どのフィンチをとっても餌をとるのに最も適したくちばしを持っていたのです。

 

この事を元にダーウィーンはたった一つの種から枝分かれしたのではないだろうか?と考えました。

 

そしてその土地の環境に適するように変化したのではないかとも考えたのです。

 

 

 

それと同時に彼はもう一つの理論を彼は発見します。

 

 

環境に適しえなかった動物は滅ぶという考えです。

 

 

それは自然がどの個体が生き残るか選択するというのです。

 

例えば象ですが象は三十代で繁殖を始め九十代で生涯を終えるその間に産む象の数は六頭だそうです。

 

もしすべての象が生き残ったとして七百四、五十年後には千九百万頭が生まれる事になります。

 

しかし実際はそうなりません。

 

最も近い種の間だ生存競争が生まれ限られた餌を求めて闘うからです。

 

その結果生存競争に勝った象が生き残ったのです。

 

 

そして彼はこの発見を元に種の起源という論文を発表したのです。

 

種の起源を発表した時、一大センセーショナルを巻き起こしました。

 

すさまじい論争になり教会はもっともはげしく非難したのです。

 

 

イギリスで一番危険な人物と評されるほどだったと言われれいました。

 

しかし最後には科学のパイオニアとして尊敬されるほどになってたのです。

 

 

彼はそういった意味では社会に貢献した思想家であり哲学者とも言えるでしょう。

 

私たちの時代

 

20世紀に入っても当然ながら哲学は存在しました。

 

特に実存主義と呼ばれる哲学が発展していったのです。

 

実存主義とは人間が現実に存在する状況を踏まえたいろいろな哲学をいうそうです。

 

ニーチェ

 

20世紀に入って最初に影響力をふるった哲学者でした。

 

ニーチェはいっさいの価値の転換を求めました。

 

くつがえさなければならない筆頭が奴隷の道徳と呼んだキリスト教の道徳でした。

 

 

「思う存分生きようとする強い者たちが、弱い者たちつまり奴隷みたいな人たちにこれ以上足をひっぱられることがあってはならない。」「そのために、価値はくつがえさなければならない。」と考えていたのです。

 

また彼の名前からニヒリズムという言葉が生まれたのです。

 

ニヒリズムには

 

  1. 何も信じられない事態に絶望しその時々の状況に身をまかせる消極的ニヒリズム
  2. すべてが無価値・偽り・仮象という事を前向きに考え一瞬を一生懸命生きる積極的ニヒリズム

 

があります。

 

ニーチェは主に2の積極的ニヒリズムを肯定していたのです。

 
 

サルトル

サルトルはフランスの哲学者で彼もまた実存主義者でした。
 
彼は無神論的実在主義の代表選手のような存在でした。
 
ニーチェの言っていた神は死んだという言葉に忠実に守っていたのです。
 
 
そして彼は哲学者であると同時に小説や戯曲の作家でもあったのです。
 
彼の書いた小説や戯曲は不条理というものを表していました。
 
 
不条理は存在の無意味さを表現しその正体をあばく事で、その見てる者にもっとまともな生き方はないか、と考えさせる物なのです。
 
 
ちなみに吉田戦車の意味不明なマンガは不条理ギャグと言われてますがサルトルとは何も関係ありません。
 
 
 
上記で紹介したニーチェやサルトル以外で20世紀の哲学で有名なのがエコロジーやオルターナティブ運動があります。
(*)他にもニューエイジや新オカルティズムなどありますがここでは割愛させてもらいます。
 
 
エコロジーは環境の問題を考えるだけでなく問題をもっと深く掘り下げて、ヨーロッパの思想はどこかおかしいという考えになります。
 
またオルターナティブ運動はもう一つの選択として自分たちのやり方よりもっと別のやり方はないか?という問題提起を表したものになります。
 
 

まとめand感想

 
このソフィーの世界は一応ファンタジーという形をとっています。
 
本の中ではヒルデとソフィーという二人の女の子が主人公になってます。
 
 
ネタバレになってしまいますが設定ではソフィーは架空の人物でヒルデのパパが書いた本のキャラクターにすぎません。
 
しかしアルベルトという人物の手引きで哲学のレクチャーを受けながら本の中からの脱出を画策します。
 
 
そしてとうとう本当に脱出してしまうのです。
 
 
そしてソフィーはもう一人のヒルデでありもう一つの可能性なのです。
 
先ほどのオルターナティブ運動を彷彿させますね。
 
 
もうそういう設定自体が哲学のにおいを感じさせます。
 
ソフィーの世界という本は難しいですが読めば読むほど味が出てくるスルメのような本です。
 
 
もうかなり前の本ではありますが間違いなくずっと読まれ続ける本になると思います。
 
普遍性のある本だと言ってもいいでしょう。
 
 
あなたももし良かったら読んでみてください。
 
きっとハマりますよ!