あとがきで書かれているように、
「乃木とは一体何者なのか?」
我々日本人から見て。


これは非常に難しい。
好き嫌いの問題ではなく、
彼の生き様そのもの自体がこういう疑問を投げかけてくるわけで、
これは考えてみると、ものすごいことだ。

例えば、○○事件をどう思うか?
みたいなことはよくあるし、投げかけられた方も考えられる余地がある。
社会背景がどうとか、家族環境がどうとか。


でも、ある特定の人物に対して、それが何者なのか?どんな風に捉えればいいのか?
みたいなことはそんなにない。
偉大かどうかは別にして、少なくともそんな疑問を投げかけてくる人物だということだ。


僕も司馬さんは大好きで、ほぼ全ての著作を読んでいる。
司馬さんのおかげで現在の人格が出来上がっているといっても過言ではなく(良し悪しは別にして)、それを間違ったこととも思っていない。

でも妄信してはいなかったか?
という思いがこの小説の読後にある。

日本人に乃木は愚将だとの印象を植え付けたのは司馬さんだ。大作家ゆえの功罪である。そこから乃木の一人歩きが始まったわけで、かくいう僕も乃木将軍は戦下手で参謀長の伊地知に関しては、憎悪すら感じていた。お前らのせいで何人の兵士が死んだのだ?と。

でもそれは司馬さんの創作する小説に踊らされているだけであって、本質ではない。
思えば、本から入ってきた印象でまるで全てわかったような顔で、それぞれの人物を判断してはいなかったか? 思い当たる節は少なくない。

こういうのは、よくない。公正ではない。反省しました。

別に本だけではない。
人から話に聞いた印象だけで他人を判断したりするのも、同じことだ。よくない。
気をつけます。

最後はやはり自分の目・耳だな。





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