私は1961年12月の生まれだ。
情報によればベビ-ブ-ム世代またはX世代と呼ばれる世代に生まれマイぺ-スっぷりは最強で、かなり甘やかされて育ったように思う。
戦争体験をした祖父祖母からは欲しい物は殆ど買ってもらえた、それを証拠にシ-モンキ-と言う全くふざけたペットも売り出され私はワクワクしながら育てたが結局なにも育たなかった。
そして共稼ぎの両親からは塾だのピアノだのバレエだの習い事に送り出されたものだ。
あの頃の遊びは今から見ると非常にサバイバルで荒れ果てた空き地には使い捨ててある針金やクギなんか平気で捨ててあってなにが入っていたのか全く見当もつかないドラム缶なんかが放置されていて私達はそんな粗大ごみの中で楽しく遊んでいた、もちろん親達にバレると怒られもしたけど誰一人として怒られたからと言って行いを正す者などいないという筋金入りの強者の強情っぱりだった。
雨が降ればドラム缶を倒して中で雨宿りをしたり秘密の基地を作って子供達の秘密を作ってワクワクしていたものだ。
仮面ライダ-のスナック菓子はオマケだけ抜き取って御菓子本体はその辺に捨てたものだ。
そんな世代の子供達が大人になりバブル時代に入ると贅沢のブレ-キはすっかり壊れて仮面ライダ-のスナック菓子やシ-モンキ-はグルメだの旅行だのブランド物だの改造車に変わり贅沢三昧。
あんなに価値があると思っていたものが実はなんの価値もなく今では箪笥の肥やしになっていたり箪笥の肥やしになっている。
そんな私達世代も還暦を迎え何がメデタイのか分からぬまま祝うのだ。
若い頃は60歳なんて天文学的な年齢に自分がなるなど考えもしないでキリギリスの様にただ毎日を面白可笑しく過ごしていたので今になって少々焦っている。
人生もあと残すところあと20年ぐらい?うまくいけば30年? 家族の中で生き残っているのは母が再婚をした母と同じ歳の義理の父親だけで彼と私はたった20年の歳の差しかない・・・という非常に複雑な生き残り家族だ。
ほぼ100パーセント義父はゴミ屋敷となった家に住んでいるに違いない。
音信はSKYPEでの電話通話だけなので確認は取れないけれど確認を取るのが怖いというのが正直なところだ。
なぜか私の両親は素行が悪く親戚と付き合いたがらなかったので私には親戚との面識が殆どない。
若い頃はそれはそれで自由で宜しいわね・・・とばかりにサッサと海外に出て糸の切れた凧のように生きていた。
そんな私にも子供が二人生まれ切れていたはずの糸はシッカリと繋がり半端な母親である私も人並みに母親業をしており、それもそろそろ終盤に差し掛かっている。
来月は日本の同級生達が還暦同窓会を開くらしいです。
多分、私は出席する事になると思うな。。。
ロシアの戦争が少し落ち着くまでフライトでの移動は控えます。
FACEBOOKでの投稿はほぼ人が羨ましくなるような御馳走の写真や旅行の写真、立て直した新居の話・・・と、まあ羨ましい限りのオンパレ-ド、私には人に自慢できる話が一つもないので時々書いた絵を投稿したりする程度。
それにしてもこんな年齢なのに何も具体的に将来の事を考えていないなんて自分の事ながら恥ずかしくも不安でならない。 まあ・・・明日、考えましょう。 明日には明日の風が吹くかもしれないしね。
おやすみ!