「百円拾った」私を抱いた男が帰り際そう呟いた。
脳みそ、脳細胞、分子。彼の返事を待つのにも疲れた。すでに正子を迎えていた。さすれば急に会話は盛り上がった。バージニアウルフは必死に食らいつく。気づいたら彼と土曜日にホテルで待ち合わせすることとなっていた。
日輪の隙間から「おはよ」のメッセージ。月曜日はそれに元気付けられた。だが、「おはよ」と返す気力は木曜日にはもうなかった。下から見下ろされ、穴に隠れることすらできない。要求は募るばかり。塵も積もれば山となる。それに応える私は階段を自分から登って行った。屋上から飛び降りる覚悟でもしていたのだろうか。
金曜日に牛肉を切り落とすことにした。調理の仕方もわからいけど、自分なりに調べた。彼のために時間を費やして、息が詰まるほど切り落とした。
土曜日を迎える私は綺麗ではなかった。側から見ればよだれが垂れるほど空腹を刺激した。食欲をそそらせるものほど恐れるものはない。中身は腐ったタワシの風味。一週間の努力は中までは変えられないということを知った。とはいえ、彼は目の前にいる。いつしか視界の中にいる。彼の全てがいる。
水浸しになった靴下を体全身で感じ、私は重くなった足とともに地面に沈んでいった。アスファルトの中はなんとも言えないほど鮮やかな色彩にあふれていた。エメラルドに光る海に立つ愛の灯台。そこに私の手が差し掛かる。「やばい」その一言で海は静けさへと解放された。灯台は見事に崩れ落ちた。解体作業は簡単だったみたいだ。アスファルトを飛び立った私の右足は後悔を抱えまた後ろに一歩下がった。平らな道を踏み沈んでいく中、何とはなしに彼と目が合った。
コアラはどうなんだい。ぶら下がるのは楽しいかい。そうかい、爽快。涼しくなっていく中、雨の音を聞き取った。私のセンチな部分をえぐった。ひどくえぐられた。17度は流石に冷たい。でも、胸は踊っていた。クラシックというより、ジャズ。軽やかなスウィングはなんとも重みを感じさせなかった。テンポがまた速まる。
この店舗は混んでいた。きっとタイムセールを待ちわびていたのだろう。長い列はそう長くなく、あっという間に狙っていたローストビーフが指先に。足早に持ち帰った肉を頬張った。ヴィーナスに感謝もせず。割引だからといって、味わうことを忘れるな。安いが、それ以上の価値はあるに違いない。百円も払ったのだ。
その硬貨の桜は満開で、土砂降りとともに卒業を祝した。
