あるパソコン教室での先生と生徒の会話。先生「これが明朝体です。」生徒「今時のコギャルが使うような文字ですね。」先生「コギャルとは面識はありませんが・・・」生徒「援交とかしないんですか?」先生「・・・ね、私には援助するものがありませんから・・・」生徒「援助して貰う方になったら?」先生「・・・」
写真~あの時の自分にはもう戻れない~私は小学校2年生の時に学校から遠足に行きました。 どこに遠足に行ったのかは今となってはもう思い出すことはできません。ただ秋だったことは何となく覚えています。遠足に行ってお昼に友達みんなと一緒にお弁当を食べていました。するとカメラを持った優しそうなお兄さんが話しかけて来ました。「写真を撮らせてもらえる?」と。私たち子供は何の写真なのか全く分かりませんでした。でも優しそうなお兄さんに頼まれたのでみんなでお弁当を食べているところを写真に撮って貰いました。そして遠足が終わり家に帰りました。 家に帰って晩御飯の前になった頃でした。私の母親が朝日新聞の夕刊の一面に私たちがお弁当を食べている写真が載っているのに気付きました。 私はその時にあの優しそうなお兄さんが新聞社のカメラマンだったと分かりました。 私は友達みんなに囲まれて真ん中に写っていました。大きく笑って開いた口からはまだ大人の歯に生え代わる前の、乳歯が抜けた歯茎が見えていました。私も私の友達もみんな本当に楽しそうに幸せそうに写っていました。 そしてその写真の下には「秋晴れの下でお弁当を食べる子供たちの笑顔はさわやか」と書かれていました。 次の日に学校に行くと沢山の友達がその写真を切り抜いて持って来てくれていました。しばらくはクラスはその写真の話題でいっぱいでした。私の母親は「良い記念になるから」と朝日新聞の販売店に行ってその写真を引き延ばして貰いました。 そしてパネルに入れて部屋に飾ってくれました。本来ならこの写真は私にとって良い思い出になるはずでした。でもこの写真は私にとって良い思い出にはなりませんでした。その後の人生に起こる辛く悲しい出来事を考えると無邪気に笑って写真に写っている場合ではなかったのです。私はもうこの写真を捨ててしまいましたが、この写真に写っていた自分を思い出すたびに何も知らずに無邪気に生きていた自分の愚かさを思い知らされます。あの時の自分にもっと知恵があれば、その後の人生を悪い人間に狂わされることなどなかったのに・・・ 人間は必ずし他者との関係性の中で生きています。引きこもりの人間でも引きこもるまでの間に必ず他者との関係性の中で生きています。良い人間との関係性の中で生きれば良い人生が送れるし、悪い人間との関係性の中で生きれば悪い人生を送らざるを得ないのです。全てを他者の責任にしているのではありません。人間は他者の影響なしには生きれないと言っているのです。尾崎豊は「誕生」の歌詞の中で「ポケットには別れた家族の写真がある。みんなで笑い俺は兄貴に肩を抱かれている。その写真を眺めるたびわけあった訳の中に、それぞれが選んだ生き方を思い浮かべてみる」と歌っています。私はあの写真の時からどんな生き方を選んだのでしょうか?私の友達はあの写真の時からどんな生き方を選んだのでしょうか? 私の選んだ生き方は間違っていたようです。私の友達の選んだ生き方はどうだったでしょうか?今の私はもうあの写真に写っていた人間とは同じ人間とは思えないほどに変わり果ててしまいました。もうあの写真の時の自分には戻ることはできません。人は変わって行きます。たとえそれが悪い変化であっても受け入れざるを得ないのです。 私は今でもあの写真に写っていた自分と同じ年頃の子供を見るとこう思うのです。「私のような人生を選んで欲しくない」と。苦労は人を歪めるのです。