突然だが、
『普通』
について聞いていいだろうか。
『普通』
まず『普通』とは褒め言葉だろうか、否か。
5段階評価で言えば、3。
良いか悪いかで言えば良い方。
「『普通』においしい」と言う文章も今どきなら誰でも使う。
『普通』
うん、だから『普通』って良いことなんだよな。
たぶん。
きっと。
確証は無いけれども。
まあ、前置きはここら辺で終えるとして、
至ってどこにでもいるであろう、『普通』な高校2年生である僕、『青木悠馬』は突然だが今日から、
少し『普通』から離れる生活を送ることになる。
"あの人"と出会って、
そして、
"多種多様な色合いの人達"と、 出会うことになるのだから。
*藍ヨリ青シ*
第1色
「⁂青と藍-①⁂」
「転校生を紹介しゅる。」
白髪と老眼鏡と舌足らずがトレードマーク(マーク?)のおじいちゃんである担任が、何の変哲もない顔で、何の脈絡も無く、『普通』にそう言った。
今日この頃、朝のホームルーム。
当たり前のようにざわつく教室。
「転校生⁉」「マジかよ先生‼」「頭どっかにぶつけたんじゃねーだろうな‼」「先生、まずは入れ歯を用意してからしゃべって下さると助かります‼」「先生、それ入れ歯じゃなくてシングルCDです‼」
と、クラスメイトが浮き足立っているのが一望できる、1番左の窓側の列の1番後ろの席にふてぶてしく座っている僕は退屈そうにため息をついた。
『青木悠馬』、16歳。2年1組1番。
オードリーの若林とドヤ顔を抜いた川越シェフとオリーブオイルを足して今日は決まり、と言ったような顔を想像してくれ。それが僕だ。
趣味は映画を観たり、漫画を読んだりすること。
特技はバスケ。一応中学の時はバスケ部に入っていた。
今は帰宅部。プロアクティ部。
好きなことは特に無い。
嫌いなことはたくさんあるけど。
もちろん彼女なんていない。
そもそもまともに話せる女子が極端に少ない。(幼馴染か後輩のみ。)
そんな、クラスに10~15人は存在しているであろう『普通』の男子高校生、『青木悠馬』の簡素な自己紹介はこの辺で、勝手ながら終わらせて頂こう。
♯♯♯♯♯
「転校生?どうでもいいよそんなの。」
という雰囲気を醸し出している僕ではあるが、内心結構ドキドキしているのは否めなかった。
気付けばご苦労なことに手汗までビッショリかいている。
何というか、こう、『転校生がやってくる』という軽度な非日常的イベントと言うのは学生の鼓動を高鳴らせるものがある。
男か、女か。
もしイケメンだったらきっとクラスの女子は「マジやばいマジやばい」を連呼し、美女ならクラスの男子は「ゼハハハハ‼」と歓喜の雄叫びを上げること必至なのが容易に想像できた。
個人的にはとっても可愛い美少女がいいと切に願う。当たり前だが。
僕はチラリと右の席を見た。
空席である。
前まで僕の隣の席は無く、いわゆる1人席であった。
それが突然、一週間前くらいに急にドンと机と椅子が置かれたのでクラスメイト全員は不思議に思っていた。
と、同時にクラスメイト全員の頭には「転校生がやってくる」という、何か確信に近いものを持ち始めていた。
僕は運がいいのかもしれない。
話題の『転校生』と席が隣だなんて。
緊張しすぎて軽度の脱水症状に陥り始めた僕が手汗を拭く為に制服のズボンで手を拭っている時、担任のおじいちゃんが廊下の方を向き、梅干しのような口を開いて言った。
「え~、しょれでは転校生しゃん。入ってきてくらしゃい。」
滑舌悪い芸人に1人はいそうな雰囲気を漂わせる担任がそう言うと、
教室の扉の向こうから、まるで面接か何かを彷彿させる「失礼します。」と言う声、
澄んだ綺麗な女の子の声が聞こえた。
ガラララという音と共に、ついに、みんなの期待度MAXの転校生が、我が教室に足を踏み入れた。
「よしゅ、ぢゅあ簡単にゅ自己しゅえかいしゅてぃくりぇりゅきゃな。」
何を言ったのかさっぱり分からない担任の言葉を無視し、
僕は、僕達は、
ただただ、固まっていた。
「はい、畏まりました。えと、
私の名前は、
『藍川柚莉』(あいかわ ゆずり)と言います。
"藍色の川"と書いて、『藍川』。
柑橘類の"柚子"の"柚"に、ジャスミンの一種の"茉莉花"の"莉"で、『柚莉』。
…読みにくく呼びにくい名前で大変申し訳ありません。
単に『藍川』や『柚莉』と呼んでもらって一向に構いません。お気軽に声をかけて下さい。
趣味は読書と料理と…あと、絵を描くことです。
苦手なものは…えと、運動です。体育はとても好きなんですがどうにも苦手です。
あと、私自身あまり話すのは得意で無いので皆さんにはご迷惑をおかけするかも知れませんが、ぜひ、よろしければ仲良くして下さい。
最後になりますが、皆さんと同じクラスになれて大変光栄です。どうか1年間、よろしくお願い致します。」
それは、
何ともご丁寧な、
ご丁寧すぎる、
ご丁寧の遥か上をゆく、言わばごご丁寧な挨拶であった。
そして次にこれから僕が言う言葉は全て真実であり、嘘偽りの無い、紛れもない事実なのだが、よければ信じて欲しい。
簡潔に言えば、転校生は女子だった。
そして、美少女であった。
そしてそして、美少女であり、
そしてそしてそして、
狂おしいほどに美少女であった。
ゆるくウェーブがかかり、肩よりちょっと長い綺麗な黒いロングヘアー。
子猫のように小さな顔、大きな瞳。
モデルのようにスラっとして痩せた身体、
そしてややミスマッチではあるが控えめな胸、
まるで入学したての中学1年生のように、折ったりせず律儀に膝まで伸ばしたスカート。
何というか、お嬢様。
と言うのに最も適している人物だと僕は1回も瞬きをせずに乾いた瞳を無視して彼女を見ながら、そう思った。
「じゅえあ皆しゅん、愛坂しゃかしゃんと仲良くしゅりゅやうに。
えーと、それぢゅあ坂口しゃんにょ席は…」
愛坂と坂口という謎の人物の名を口にした我がクラスの担任のじいちゃんはクラス内を見回し、
「1番後ろの列の…え~と、何だ、何か~う~ん、よく見えん…。右…?いや、上?…左?…から~1…いや2番目~?う~んの席にでも座ってくだしゃい。」
と、何だか本格的にボケてきた老人をクラス一同は心配しつつも、僕の隣に座れという1番大切なことは転校生に概ね伝わったようなので安堵の息を漏らした。
「はい、承知しました。」と、ミタさんもビックリな台詞を言い、くるりと向きを変え、穏やかな足取りで徐々に徐々にこちらに近付いてくる美女子転校生『藍川柚莉』。
彼女が一歩進むたびにクラスメイト全員の視線が追尾する。
僕もまるで、磁石のS極とM…じゃなくてN極とがくっつくように、自然と自動的に、吸い寄せられるように、『藍川柚莉』の目を見てしまった。
綺麗な瞳だった。
何の濁りもない、綺麗な瞳だった。
いい例えが思いつかないのが悔しいが、しいて例えるなら、オーロラ…いや、ダイヤモンド…。
もうよく分からん。今の例えは忘れて欲しい。
それに加え大きな目が、更に"それ"を強調させる。
平生の自分を演出しようとすることに意識を持っていくことすら至難の技であった。
そしてついに、
『普通』で有名な男子校生こと青木悠馬ことこの僕の隣に、5段階評価で言えば5に該当して、良いか悪いかで言えば神である美女子転校生『藍川柚莉』が降り立った。
「えと…よろしく、ね。」
小声で美声な地声を僕の聴覚にプレゼントしてくれた『藍川柚莉』は少しハニカみ、頬をやや紅潮させながら微笑みを浮かべるという、僕の聴覚に加え視覚をも満足させる、まるでハッピーセットのような贅沢感と充実感を味わった。
そして僕は、木からリンゴが落ち万有引力を発明するようなほど単純なようで複雑な経緯で、
一瞬にして彼女に惚れてしまったのであった。
しかし、
そしてそれは同時に、
僕が、
『普通』から離れた瞬間でもあったのであった。
続く>>>







