息子はスヤスヤ寝てくれてて、あとで考えたら地震の日19時に授乳してから全く飲んでない…
胸が張ってとにかく痛くて、毛布に包まって搾乳しそれでも痛くて起こして飲ませた。
本当に息子はあの混乱のなか、良い子でいてくれました。

私は一睡もできずに、朝を迎え主人は仕事へ。
朝になって、食べ物がない。コンビニは開いてたらしいけど、距離もあったし子供を抱えては行けず、聞いたらもう食べ物はなかったらしい…

さらに、主人の職場は臨時の避難所なので閉鎖が決まりすぐに出てほしいと言われました。
隣の小学校が正式に避難所になったので、そこへ移動するようにと…。
正直、そのまま居たかった。
主人がいるだけで心強かったし!
でもそんな訳にもいかず、移動開始。
主人の同僚の方が手伝ってくれて避難所まで荷物を持ってくれて本当に有難かったです。
移動の途中ではパン屋さんが、パンを売ってくれて助かりました。
やっとご飯が食べれる。母乳が出ると安心しました。

小学校は沢山の方がいて、空いてるところを確保して同じ社宅のママと一緒に色んな話をして気を紛らわせました。

みなさん、実家に帰るとのことで迎えが来るのを待ってて、私も福岡の義両親のところへ避難するのを決めました。
といっても、道の状況が分からずいつ迎えに来れるか分からない…
1人になる私を心配して実家の母が来てくれましたが、他のママ友が空いてる店を回って沢山の食料を届けてくれました。中にはご飯を炊いておにぎりを作ってくれた方もいました。
本当に感謝ばかりでした。
実家の母は仕事がどうなるか分からないので、福岡には行かず、弟と体育館に避難しておくから。大丈夫だからと何度も話し合い、熊本に残ることを決めました。
義両親は思ったより早く来てくれて、福岡から沢山の食料を持ってきてくれたので、母たちに渡して別れました。
一生の別れじゃないのに涙が溢れてきて、熊本に残りたかったと思いましたが、息子のことを考えると福岡に行くのが1番いいんだと言い聞かせました。
本震があったのは翌日です。
母たちは体育館に避難していたので、幸い怪我もなく無事でした。
食べ物や水も皆さんから沢山いただいていたので、不自由することなかったと皆様には本当に感謝ばかりです。

福岡では2週間ほどいましたが、とても良くしてくれて有難かったです。

あいだが空いてしまいましたが…


主人の職場に避難したら、運良く柔道場に場所を確保できました。
柔道場は分厚い畳が敷いてあるので、息子を寝かせても床が硬くなく本当に助かりました。
また、物資の備蓄もありお水や毛布、寝袋やティッシュ、紙コップなどもあり、4月にしては冷え込んだ夜も毛布に包まって休めました。

その間にも何度も余震が続いていました。

ちょうど主人の職場の道路を挟んだところで停電になっていて、ギリギリ電気が通っていました。

職場の向かいは消防署で、四六時中サイレンが鳴り響いていて、その隣には自衛隊の駐屯地もありヘリの音もずっと聞こえていました。

息子は、地震前からおっぱいも飲んでなかったのに一回も泣かずにずっと大人しくしてくれて、普段はおっぱいを飲まないと寝ないのに、避難所で静かに寝てくれました。
周りの雰囲気を察してだったのか、本当に親孝行な息子で、周りにいた方も感心するほどでした。

隣にはおじさんがラジオを聴いてましたが、ラジオの情報で死者の数など被害の規模など少しずつ情報が入ってきました。

益城で震度7。
車で10分弱で益城です。
震源地がこんなに近いとは…
これからどうなるんだろう…
母たちは大丈夫だろうか…

とにかく不安な夜でした。
夜中には主人が交代の後半組になり、避難所で休みました。
井上くんのディズニーコンサート

出産後、初めての舞台

息子は義両親が預かってくれるけど…泣かずにいれるかなぁ