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富士山 良春(ふじ川 よしひろ)のブログ

28歳
四児の父
シンガソングライター 富士山良春
バンド UMA vo.gt.

市議選 落選

プロフィールの続きと言いますか
おいたちも少々



ごくごく普通のサラリーマンの家庭に
生まれ育ちました。
父が転勤族だったので。
出身地は福岡県大牟田市、
1歳くらいまでそこで過ごし
育ちは
年中までは青森
小学校は埼玉、広島
中学校は広島
高専時代は呉で過ごしました。
そこからはほぼ呉にいます。



小学校は3年間。
不登校でした。
3年生のはじめくらいから
途中で通った時期もありましたが、
通算でまるまる3年間は学校に行きませんでした。


いじめられたわけでもなく。
家庭に特に問題があったわけでもない。
勉強がわからないとか。
先生が嫌いだとか。
そんなこともない。
むしろ勉強も楽しかった。
先生も友達も少ない方ではなかったし。
好きだった。

理由はよくわかりませんが
ある日突然行きたくなくなった。
家から全く出れない
というところまではいきませんでしたが
ほぼ完全に家におり、
レゴブロックをひたすらに組み立てる
という生活をしていました。

鉄道好きだったこともあり
父が休みの時にはフリーパスで
電車にひたすら乗るということもしていたので
家から出たくないというタイプの不登校ではなく
学校に行きたくない、人に会いたくない
タイプの不登校だったようです。

その当時よく言われていましたが
「ただのサボり」
だと。
それを言われても何の言い訳もできないし
実際にそうだったのかもしれません。
はじめは何日か。
サボりたかっただけかもしれません。
それがあとに引けなくなった。
今となっては定かではないですが。

母方の祖父母が教師だったこともあり。
散々。
「学校に行きなさい」
のプレッシャー。
それがしだいに苦痛になり。
体調や精神に支障をきたすようになりました。

母はどうしても何かのせいにしたいらしく。
精神科の病院に連れて行かれたり
子ども支援センターのようなところへ
連れて行かれてカウンセリングを受けたり。
その当時はまだフリースクールという選択も
あまりなかったように思うのですが、
そういったところへ見学へ行かないか。
と再三言われました。

5年生の夏休みに帰省したのを機に
一度、転校し祖父母の家から
学校に通った時期もありましたが、

「一度逃げると逃げ癖がつく」
とはよく言ったもので。
再び学校に行かない状態に陥りました。



当時の僕にとっては
人生の一大事ではありましたが
今普通に仕事をしながら社会に暮らしていて
思うことは
かの経験は確実に
「逃げ
だったということです。

おそらく疑問に思うことが
たくさんあったのでしょう。
よくありがちな疑問で
親が抑え付ければ揉み消せそうなものばかりですが
なぜ宿題をしなきゃいけない?
なぜ毎日勉強しなきゃいけない?
友達を沢山作って仲良くしなきゃいけない?
朝から晩まで自分の楽しいことをしてはいけない?
数々の疑問から逃げたくて。
僕は学校に行かない。
という選択をしました。

それを社会は「逃げ」
だと呼ぶ事も重々承知しています。
逃げなければよかったと思うことも
多々あります。

ただ、今になって更に思うのは
もっと「逃げ」が許容される社会でも
良いのではないかということ。

僕はそうではありませんでしたが。

例えば。
イジメの問題。
ジェンダーに関する問題。
立ち向かう人達には精一杯のエールを
送りたいし
負けない!
屈しない!
と戦う姿勢を小馬鹿にするような
想いはこれっぽっちもないですが。

「こうだ!」
と決めつけるものと戦うのは
膨大なエネルギーがいるし。
逆に
同じ境遇にいる全ての人に
戦う姿勢を押し付けるのも
その対極と同じことをしているだけだから。

そんな目にあうくらいなら
逃げればいいのに。
そんなに辛い思いをするなら。
逃げればいいのに。
と悲しいニュースを見てつくづく思います。

逃げた経験者として。

逃げるスペースが
ちょこっとあって
そこを自由に行き来出来る。

そうだったらいいのにな。
くらいだけど。

今はそう思います。

自分の息子が
不登校になるとか。
そう思えるかどうかはわかりませんが。

今は思います。