先立って。
僕が政治に関することを考えるとき。
その想いの中心にあるのは。
「いのちをだいじに!」
ということです。
Twitter等では軽く説明しましたが。
特に、強く思うようになったのは、
昨年8月の広島市豪雨災害の、
瓦礫撤去ボランティアの経験からです。
とにかく。
そこで見た光景が衝撃的だった。
これが我が街で起こったら
と思うと怖くて仕方なかった。
自分の周りで
そんなこと起こるはずがない!!
そんなもの偶然でしかない…
明日は我が身に起こるかもしれない
東日本大震災の時には
正直いって
他人事のようでしたが、
急にリアルな事として考えるようになりました。
自分だったらどうしよう?
どうするだろう?
家族を守るにはどうするだろう?
出来るだけいのちが失わなければいい
自分や自分の家族ももちろんだけど
他人であっても人が亡くなったり、
悲しい想いをする人は少ないほうがいい
そう思い色々考えました。
ただ、考えただけでは、
僕の中にあるだけでは何の意味もない。
そこに20代前半から常々思っていた
政治への想いが重なりました。
政治への想いも自分の中にあるだけでは
何の意味もない。
自分の中のアイデアも
もっと活かせるはずだ!!
どうせならそれをダイレクトに届く場所で
議論のテーブルにあげたい!!
そう思い始めると、
不思議なもので
たくさん
アイデアがでてくるんです。
もちろん
馬鹿の一つ覚えのように
災害対策ばかりではありません。
「いのちをだいじに」
を根本におくと。
少子化対策だって。
安心して産み、産まれてくる
子供とお母さんを守る
周産期医療の充実。
子供を安心して預けて働ける環境づくり
保育園、幼稚園の充実。
まだ幼く、弱い立場の子供達をまもる、
交通安全、防犯対策
ざっとですが、
いまよりもっと。
「いのちをだいじに」
と思うだけで。
たくさんアイデアがうまれてくる。
高齢化対策だって
若者の雇用対策だって
公共事業にだって
いのちをだいじに。
生きる事が易しく優しくなるように
と思うだけで
いくらでもアイデアが湧いてくる。
人間いつ逝くかわからない。
災害だっていつ起こるかわからない。
何があるかわからない社会に生きていて。
「不運」にしてそういう苦難な目に遭った時
少しでもそれが「不幸」にならないよう
最善の努力をする。
それが政治の役割だと思います。
そういう想いを持って考えた
実現させたい
いくつかのアイデアを
次に紹介したいと思います。
長くなったので
また後ほど。