北里研究所にある「北里柴三郎記念室」を訪れた。
昨日の6月13日は
日本近代医学の父・北里柴三郎氏の命日にあたる。
北里柴三郎氏 は1889年、破傷風菌の純培養に成功、
破傷風菌抗毒素(免疫抗体)を発見し、
血清療法を確立したことによって、
その名は一躍世界的な研究者として知られるようになった。
また、その後、香港でのペスト菌発見や、
慶應義塾大学医学部の創設、
日本医師会等の各種医学団体や病院設立など、
多くの教育・社会活動に従事した人物でもある。
福沢諭吉氏は
北里氏の志に感銘し、多くの協力を惜しまなかった。
1892年には福沢諭吉氏たちの協力を得て
私立の伝染病研究所(のちに国立となる)を創立している。
また、当時の門下生の一人に
黄熱病の研究で有名な野口英世氏がいる。そのほかにも
北島多一氏、志賀潔氏などをはじめ多くの優秀な医学者たちが
この研究所から巣立っていった。
さかのぼること1886年、ドイツに留学した北里氏は
そこでかの「病原微生物学の父」とされた
ローベルト・コッホ氏と出会う。二人は十ほど年が離れていたが、
北里氏はコッホ氏に心からの敬意と信頼の念を持ち、
またコッホ氏も北里氏の医学研究に対する熱意に心打たれ、
同じ志を持つ者としての堅い心の絆があったようである。
現在、二つの御魂(みたま)は『コッホ・北里神社』として
同研究所敷地内の一角に祀られている。
今まで北里研究所や北里氏の名前は聞いたことがあっても、
どんな偉業を成し遂げた人物かについては
正直、あまり知らなかった。
このたび、この記念室を訪れたくさんの資料を目の当たりにし、
彼の偉大なる志と功績について少しだが知ることができた。
この世は、いつの時代も
こうした偉人たちの絶え間ない努力と研究の積み重ねによって
支えられてきた。
彼らの成し遂げた多大なる功績に敬意と感謝の念を捧げたい。
記念室の入口。
(中は撮影禁止なので、職員の方の許可を得て
外観を撮らせていただきました)