おはようございます。
今日で震災から4426日目です。
空手を学んでも、その対象が仕事でも、勉強でも、遊びでも、日常でも、他の何かであろうと、そこには自身の全てが反映されると考えています。
完璧な人間など 世の中には存在しないでしょう?
その人間の見えない部分、その人間が見せない部分が あることにより、完璧に近く視えることはありますよ。
でも それは見る側の人間が見えない。その人間の弱点を知らないというだけに過ぎません。
そもそも どういう人間を完璧と呼んでいいのか?私には解りません。
自分が「こうだったら良いな~」という理想はあっても 他の方々が それを良いと思う保証もありません。
結局 そんなもの各人の嗜好によるところが大きいのですから、人類の共通認識による最大公約数をとって、可もなく不可もなくという部分に落ち着くのではないかと思われます。
話が逸れましたが、私たちが 生きた 一挙手一投足が 人生の糧となるのであれば、何かに向き合った時に そこに表れるのは 今の自分自身であり、その何かとは 己を写す鑑であるということです。
だからね その何かに臨んだ自身の志を 道半ばで終えるということは、そこに 自身を成長させる為の大きな要因が潜んでいると考え省みなければなりません。
「道半ばで終えてしまった」原因が、対外的なものであっても、己の心に原因があったとしても、その決断をした原因の一端は 自分の中にあるのですから。
その原因は 環境や人を変えても、自分の中にあり続けます。
どれ程 周りを変えようが 条件が揃えば また同じことが繰り返され、その時に自身がそれを乗り越えていなければ、また同じ決断をすることになるのです。
人間にとって 今生が 全てで 死ねば終わりというならば、死ぬまで棚上げし続けるのも手かもしれません。
ですが、私のように輪廻はあるかもしれないと考えているものにとっては、今生を逃げ続けて また来世を迎えようが、その時に魂に刻まれた記憶が もう一度同じシチュエーションを繰り返させるのではないかと考えます。
それが本当かどうかではなく、私はそういう仮定の元に 今生の生き方を設定してあるので、「一は全」であるという部分に こだわります。
要するに「一事が万事」ということですね。
その思いは、 時間も距離もなく、唯物的な現実に左右されず 己を磨き続けることが可能となるのです。
だって答えは自分自身の内に全てあるのですから。
生き方は 千差万別
自分の人生に後悔をしないために生き、最期は0で終われたら良いな~等と考えております。
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冊子 ジュニア アスリートさんに紹介して頂きました。
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