おはようございます。
今日で震災から4595日目です。
私は 「ガンダム」が 打ち切られた放送時から視ていましたが、確かに時代は勧善懲悪の時代で 子供たちもそういう作品に慣れていたので、初めて「ガンダム」を視た時も 地味な作品という印象しかありませんでした。
特に私は 既に福島に暮らしていたので、休みを利用して母親が東京の実家に帰省した時に飛び飛びで回を視ていたので、ちんぷんかんぷん、最初はみんな地味なキャラクターだらけで 誰が主人公なのかも把握出来ませんでしたね。
その内に「ガンダム」は打ち切られましたが、その後 再放送が福島でもされ、その頃に合わせて「ガンプラ」が初めて販売されました。
私は当時 小学三年生で、学校の工作クラブに入っており、初めて出た「ガンプラ」(300円)を買って作ったことを覚えています。
私が居た学年では 「ガンダム」を知っている人間は殆んどおらず、私とAくんだけで ガンダムファンとして盛り上がっていましたね。
私も最初は「ガンダム」よりも 同じ富野由悠季さんの作品「ザンボット3」の方が好きでしたが、少しずつ「ガンダム」の魅力にはまっていったのを思い出します。
時代をリアルタイムで過ごした者の感覚では、「ガンプラ」の人気が爆発し、繰り返し しつこい程に再放送された「ガンダム」効果で 一気にファンを獲得して社会現象になってしまった感じです。
「ガンダム」の映画は 前売り券を買ってポスターを貰い、朝は5時頃から長蛇の列に並んで鑑賞したのを思い出します。
「ガンプラ」も凄い人気で買えなくてね~
当時は町の至るところに 個人商店のプラモデル屋さんや 玩具店があったのですが、みんな予約をしたり、酷いところは 新作の「ガンプラ」を売れないプラモデル「城」とか「農家」とかとセットで販売していましたよ。
私は「ゴッグ」が販売された時に「城」と一緒に高い金を払って買った記憶があります(^_^;)
あの時代のとんでもない「ガンダム」ブームは 本当に凄かった、その残りの熱で現在も続編が作られています。
「ガンダム」の続編「Zガンダム」で アニメ界で初めて前作の主人公たちの年をとらせるという試みに挑んだのも 富野監督でした。
当時は何でアムロを主人公にしないんだ!と 年をとらせたことよりも、そちらに怒っていた記憶があります。
「Zガンダム」が放送された頃は 既に中学生で、他に「ダンバイン」や「ザブングル」という富野作品も放送され、世は富野バブルでした。
「ガンダム」に熱狂して 良い時代を過ごさせてもらいました。
今は「ガンダム」自体が富野さんの手を離れて独り歩きしていますからね。
この先もずっと作られていくのでしょうね。
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