
4960日目
http://kamuijuku.jimdofree.com/
おはようございます。今日で震災から4960日目です。
声優の大山のぶ代(おおやま・のぶよ、本名・山下羨代=のぶよ)さんが9月29日、老衰のため亡くなった。90歳だった。所属事務所が11日、公表した。親族のみで密葬を済ませたという。
15年5月に、夫の砂川啓介さんが認知症を患い闘病中であることを公表。その砂川さんが17年7月に80歳で亡くなった際は、老人介護施設に入所しており、所属事務所がサポートを続けていることが明らかになっていた。
大山さんは、母の死をきっかけに都立三田高在学中に俳優を志し、俳優座養成所の6期生になった。同期には市原悦子さん、作家のジェームス三木さん、冨士真奈美がいた。卒業後は、テレビドラマに出演する一方でハスキーボイスを買われ、NHKの人形劇「ブーフーウー」に出演し、声優の仕事が増えていった。64年に砂川さんと結婚した。
69年には、フジテレビ系アニメ「サザエさん」で、磯野カツオの初代の声を担当。79年のテレビ朝日系「ドラえもん」では主人公ドラえもんを演じた。名ぜりふ「ぼく、ドラえもん」をアドリブで生みだし、原作の故藤子・F・不二雄氏が「ドラえもんはこういう声だったんですね」と認めるほどの、一世一代の当たり役となった。
04年11月に、番組25周年の区切りや高齢化などの理由で主要声優陣の一新、交代が発表された。翌05年3月に降板するまで、ドラえもんを25年演じ続け「テレビ放送から25年がすぎ、ちょうど良い交代の時期。遠い未来までずっとずっとみんなに愛される『ドラえもん』であってほしい」と語っていた。
15年5月に、夫の砂川啓介さんが認知症を患い闘病中であることを公表。その砂川さんが17年7月に80歳で亡くなった際は、老人介護施設に入所しており、所属事務所がサポートを続けていることが明らかになっていた。
大山さんは、母の死をきっかけに都立三田高在学中に俳優を志し、俳優座養成所の6期生になった。同期には市原悦子さん、作家のジェームス三木さん、冨士真奈美がいた。卒業後は、テレビドラマに出演する一方でハスキーボイスを買われ、NHKの人形劇「ブーフーウー」に出演し、声優の仕事が増えていった。64年に砂川さんと結婚した。
69年には、フジテレビ系アニメ「サザエさん」で、磯野カツオの初代の声を担当。79年のテレビ朝日系「ドラえもん」では主人公ドラえもんを演じた。名ぜりふ「ぼく、ドラえもん」をアドリブで生みだし、原作の故藤子・F・不二雄氏が「ドラえもんはこういう声だったんですね」と認めるほどの、一世一代の当たり役となった。
04年11月に、番組25周年の区切りや高齢化などの理由で主要声優陣の一新、交代が発表された。翌05年3月に降板するまで、ドラえもんを25年演じ続け「テレビ放送から25年がすぎ、ちょうど良い交代の時期。遠い未来までずっとずっとみんなに愛される『ドラえもん』であってほしい」と語っていた。
___________
大山のぶ代さんはどうしているのだろうか?たまに思い出していました。
「月曜からよふかし」で 大山のぶ代さんの声に似ている木村さんの声を聴いているからか、未だに大山のぶ代さんが元気に活動されている錯覚に陥ります。
私らの世代にとっては、ドラえもんは 大山のぶ代さんです。
どうせなら 木村さんに、ドラえもんの声をやって欲しいとすら思います。
「欽ちゃんのどこまでやるの!?」では、毎週 ご自身が考案された料理を披露していました。
無敵超人ザンボット3では 主人公の神勝平の声も出されていたり、サザエさんで初代カツオの声も担当されていたんですね。
私はアニメが大好きな子供だったので、声優さんたちには人一倍思い入れがありました。
子供の頃に沢山 お世話になった声優さんたちが どんどん鬼籍に入っていくのは時代の流れを感じます。
大山のぶ代さんは90歳で老衰らしいので 天寿を全うされて良かったと思います。
今までありがとうございました。
ゆっくりとお休み下さい。
御冥福をお祈り致します。
4959日目
http://kamuijuku.jimdofree.com/
自分でやってしまった方が簡単だからと 安易な道を子供に対する愛情という表現で誤魔化して流してしまうと、子供から学ぶ機会を奪い、心の成長が止まってしまう場合があります。
おはようございます。今日で震災から4959日目です。
いきなりですけど、人の話を聴けない人って、結構多くないですか?(私も人のこと言えないですけど😅)
聴けていないのに、本人は聴けていると思っているのも沢山いますね。
「聴けている」という意味を、耳から音が聴こえているから、聴けていると捉える認識の人間も結構います。
本来は「聴けている」= 「会話の意味を理解出来ている」なんですけどね。
語彙能力が低い、相手の意図を理解出来ない、注意力や集中力が低い、他者の言動や話題に興味がない等 原因は色々とありますが、大抵 原因が一つということはなく、全てが複合的に絡み合って パフォーマンスを低くしています。
でね、学校とかの勉強が出来ないタイプの子供は、この「人の話を聴けない」タイプが多いのではないですかね。
学業の出来不出来を頭が良い悪いで表現しますが、心の未熟さも 学業の出来不出来にかなり関係していますよね・・・というよりも、先ずはメンタルポジションがそれなりに整わないと 頭の良し悪し等も語れないのではないかと思います。
でね、子供の心の成長が未成熟な場合、家庭による初等教育が適切に行われているのだろうか?と疑問を抱きます。
中々 理解しない子供に根気強く教えることは とても大変なことなんです。
それが面倒臭いからと 何でも親がやってしまうということをしていませんかね?
自分でやってしまった方が簡単だからと 安易な道を子供に対する愛情という表現で誤魔化して流してしまうと、子供から学ぶ機会を奪い、心の成長が止まってしまう場合があります。
そういうミスをしているのではないかと感じてしまう場合が多々あるんですよね。
私達が出会う子供たちは 3歳くらいの子であっても、それなりにコミュニケーションが取れるようになっていますので、そこまでの初等教育を親が担っていたわけですからね。
よく 子供に上手に教えられない時に習い事の指導者のせいにされることがありますが、その前段階の家庭教育が問題で子供の心の成長に歯止めが掛かっているような場合もありますからね。
一概には言えないのです。
なんかね〜人の話が聴けないとかいうと 昨今は簡単にADHDだから、と云われるんですけど・・・
そういう話をね 物凄い数聴いてるわけです。
そうするとね、現代の子供って そんなにADHDだらけなの?って感じるわけですよ😅
この話にはオチがないので ここら辺で終わりにしておきます。
4958日目
http://kamuijuku.jimdofree.com/
おはようございます。今日で震災から4958日目です。
この世に生まれた者が その瞬間から背負うものが「死」です。
どれだけ健康であろうが、不健康であろあが、幸福であろうが不幸であろうが、金持ちであろうが、貧乏であろうが、生きている者は 遅かれ早かれ「死」を迎えます。
それだけは 決定事項として 我々の先にあるものですね。
「死」が絶対に避けられないものだとしたら、この世における活動時間は決まっているということです。
その時間内で どう生きて、何を成すのか?それが肝要であると 私は思います。
「死」は生の終わりであると仮定している方は多いと思われますが、私は 「死」とは 次のステージに向けた始まりだと考えています。
次のステージが何かは解りませんよ、私の妄想ですから(笑)
でも 終わりと考えるよりも、始まりと考える方が 心が楽になるじゃないですか?
だから そんな風に捉えています。
だから そんな風に捉えています。
この世は 切り取り方一つで 変わってしまう世界だと思っているので、一律に与えられた権利や能力を駆使して 自分なりの世界の見方を構築してしまうことが、今生における幸福感の濃度を上げるコツだと思います。
肉体という檻に閉じ込められた 魂をどれだけ解放してあげられるのか?が、今生における 私のライフワークです。
だから 既成概念に囚われず 心を自由にして、世界に己という存在を浸してあげる、そうするとね 色々なインスピレーションが浮かんでくるんです。
前にも書きましたが、この物理的な法則下において肉体というフィルターを通してのみ 魂は磨かれるのではないかな〜等と思っています。
魂が何かという定義は書いていませんが、各々のニュアンスで漠然と捉えて下さい(笑)
でね、それが当たっているとか?当たっていないとかは どうでもいいんです。
どうせ 証明なんか出来ないことは 全て一律に可能性はあるわけですからね。
ましてや、それによって他者の人生云々なんて考えてもいないのでね。
あくまでも そういう捉え方で、自分の人生がどのように変化をするのかが大切なのでね。
私一人だけの問題なんですね。
小さな頃や若い頃は「死」は 怖かったですけどね。
人生の殆どを 「死」に焦点して 掘り下げ続けているとね、もう いつ死ぬかなんて どうでもいいことだな〜なんて考えられるようになります。
あれ程 恐ろしかった「死」を ここまで受け入れることが出来るようになるなんて 子供の頃には考えもしませんでした。
答えなんて最初から無かったのかもしれませんが、それでも足掻き続けることは 無駄ではありませんね。
同じことでも 毎日考え続けると 、色々なことに気付き、どんどん掘り下げていけるんです。
この先 もっと自分を納得させられるような説を思い付くかもしれませんしね。
私にとっては それが一番楽しいことなんですね。


