本夜の演目

また逢う日まで

1950年昭和25年封切 東宝映画🎦



 戦争末期の自由が極端に抑圧された時代の恋愛について終戦後の自由が一気に解放された段階から描く。

 アメリカ占領軍は、日本映画は驚くほどキスシーンが無いことに、不自然さを感じていたことから戦後の進駐軍は日本の映画会社にキスシーンを挿入するように指導した。

 よってこの映画も極端なまでにキスシーンが多い。

 極自然に捉えればSEXに流れるシチュエーションでもそこまでは描けないので、熱い抱擁とキスシーンに終始する。

 当時はこれが限界だったのだろう。

 出会いは空襲下の地下鉄上野駅フォーム

 三郎と蛍子は戦争により偶然に知り合った。

 だが最初のきっかけは実にあっさりと、空襲が去ったあと蛍子は居なくなっていた。


 


 三郎は裁判官の厳格な父の下に育てられた裕福な家庭の次男坊。

 学友たちも同じような家庭の子供達だった。

 三郎が、戦争に早くに駆り出された学友のゲーテ張りの詩を朗読する。

 感動する学友たち(大泉滉ほか)、その朗読にピアノで伴奏を付ける井本(芥川比呂志)に三郎は惚れる。変な意味ではなく、あくまで親友としてなのは言うまでもない。



 三郎は野暮用で出かけた先で偶然にも蛍子と再会する。

 蛍子は画学生で挿絵のアルバイトで僅かながら生計の足しに働いている。

 戦争遂行の機運から依頼を受ける仕事はどれもドギツイ色で戦車の下敷きになる兵隊など、目を覆いたくなるような酷い絵ばかりだが、彼女はケロっと生活のためだし仕方ないとあっさり受け入れている。

 戦争の話なんか辞めて今は2人の出会いを楽しもう。


 無理に楽天的に振る舞うふたり。

 次はいつ逢える?…

 楽しいひとときはすぐに去ってしまう…。

 三郎の兄の奥さん正子(風見章子)

 慎ましくも健気に家族を支える義姉

 2度目のデートは上野の東京都美術館

 しかし、戦争画展と言うテーマに辟易した三郎と蛍子は竹の台の芝生に座り芸術論を闘わす。

 生活の為の絵画だからこれは芸術じゃないわよ…それでいいのか?…答えの出ない若者特有の哲学論に陥るのを優しく答えを濁す蛍子。

 カメラアングルが変わると、後方には東照宮の五重塔が映る。

 やっぱりここは上野だった。

 幸福論になると、やはり戦争という運命からは逃れられず2人は行き詰まる。

 抱擁するにはまだ早いからか、蛍子の手を懐に入れる、それは冬のスキンシップなのである。


 つづく…