先日、教え子たちが無事に卒園式を迎え、巣立っていきました。
その中の一人へ宛てた手紙の形で綴ります。(珍しく真面目な記事です ^-^)
圭くんへの手紙。
圭くん、卒園おめでとう。
七夕で、「短冊に願い事を書くと、お星さまが叶えてくれる」って聞いて、自分で決める事や考える事がニガテなK君が、一生懸命考えてたね。先生、圭くんが他の子たちみたいに、ゲームが欲しいとか、ヒーローになりたいとか、そういう事を言うんだろうなと思ってた。
「あるけるようになりたい」
そう書いてって言われて、先生は後でこっそり泣きました。
先生は、圭くんとは違った理由で、数年前に歩けなかったのです。
だから、圭くんが「あるけるようになりたい」って願いを書いてって言った時に、先生は自分にできる限りの事をしようと、そう思ったの。歩けない悔しさや、辛さや、いろいろと困った事とか、筋肉の動かし方とか、まだ覚えていたから。
そんな時に圭くんと出会えて、圭くんの受け持ちになった事は、…神様が本当にいるのなら、圭くんのために私を呼んだのかなって、そう思ったのです。
あんまり一生懸命になりすぎて、先生も膝や腰を痛めてしまって、1か月近く休んでしまった事、ごめんね。
先生も、早く戻って来たかった。圭くんの補助を出来る日々も、もう少ししか残されていないし。お医者さんにお願いして注射を打ってもらいながら、先生もリハビリを続ける形で圭くんの所に戻れて、本当に良かった。嬉しかったです。
「本当に歩けるようになるかもしれない」って、圭くんもお医者さんに言って貰ったよね。嬉しかったね。先生も、嬉しい。
「小学校では、こんな風には見て貰えないだろうから、鍛えるんなら今ですよ」って言われた、ってお母さん言ってたね。
多分、保育園でだって、他の先生には無理だったと思います。だって、先生と圭くんとのペアが、いちばん、息も、気持ちも合ってたもの。それは先生の誇りです。誰にも譲れません。
圭くんの歩くスピードに合わせて背中にくっついて、ペンギン歩きでユメタマゴを歌いながら歩く事もないのかと思うと寂しいです。
…たぶん、先生、ユメタマゴ聞くたびに圭くんの事、思い出します。圭くんと歩きやすいようにって、テンポを取りやすいようによく歌ったね。…いつか勇気100%で歩けるようになろうって言ってたけど、アレは二人で歩くにはスピードが速かったね(笑)
ああ、話が前後しちゃった。
卒園式で、圭くんが「うわあっ」って泣いた時、先生も泣いてた。
まだ卒園式、始まったばっかりだったけど。
圭くんが泣くとは、先生たちも誰も思ってなくてびっくりしてた。先生もびっくりしたの。だって、あれだけ小学校に行けるんだって楽しみにしてた圭くんだもの。きっと嬉しそうに花道を歩くんだろうなって思ってた。
もちろん、周りの先生が言うように、寂しかったのもあるんだろうけれど。
……毎日、誰よりも頑張ってきたから、「ここまでこれたんだ」っていうのも、ほんの少しはあったんじゃないかなって、先生は思ってます。
ずうっとずうっと泣きっぱなしで、最後まで笑った圭くんの顔は見られなかったけれど、それはそれで、先生、何よりも嬉しかったです。
花道を、涙を流しながら歩く圭くんの姿、素敵だったよ。
何よりきれいで忘れられないものを、ありがとう。
小学校の運動会、かならず見に行くね。
歩けていても、歩けなくても、圭くんが頑張ってる姿を見れると嬉しいな。
その時は、二人とも、にこにこの笑顔で会おうね。
じゃ、秋にまた。
蔵
まさか自分が年長児を受け持つ日が来るだなんて、思ってもみませんでした。
「特性」が違うんだ、と悟ったのは去年。やっぱりそうだと確信したのは今年。
私の独断と偏見だとは思いますが、年長担当は、「こうしたい」って自分の思いを貫く強さが必要なんじゃないかと思うのです。
…私は、その逆。
「そうしたいんだね」「じゃあどう手伝ったらいい?」と、受け止める側なのです。
(基本的に、わがままっこの弟と一緒に育った長女なので、わがままの言い方を知らないというか。……いえ、観劇の為にお休みをずらしてくれとか、そういうギリギリの線でのわがままは言ってますが。それくらいだものなあ)
受け止めるという点に置いては、これほど、年少・乳児向きの特性は無いんだなと痛感した一年でした。
「障害児」だから、私の特性でも年長担当が出来たんだと思います。
年長担当の先生たちの、その強さには憧れるけれど、私の場合は、わがままの言い方を覚えてからですね。
いい人を脱却して、ちょっとずつわがままを覚えていきたいと思います。
まずは、圭くんとの約束を守るために、運動会の日にお休みを強奪するんだ。おー。