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晴れわたる青空の下で

人類の歴史は、「侮辱された人間が勝利する日」を、しんぼう強く待っている。インドの詩人タゴール

蘭の花言葉に、「refinement(上品、優雅)」「beautiful lady(美しい淑女)」とあります。
エルンスト・ヘッケルの「様々な蘭の花」という作品にあるように蘭の種類は多く花言葉も、その数だけます。数蘭の花言葉から筆者が紹介したいのは中国の孔子のエピソードです。


孔子曰く

芝蘭生於深林、不以無人而、不謂困窮而改節。


芝蘭は深林に生じ、人無しをもって芳しからざることあらず。
君子は道を修め徳を立て、困窮のために節を改むることなし。

蘭は誰にも見られることのない場所にひっそりと存在し、人が見ていないからといって、寂しくて腐ったり、覇気をなくしたり、折れ萎れたりすることはありません。

君子は、この蘭のように、人間として正しく生きていく礼節を修めて、悪を責め抜き、悪を断ち、善を行い、正義を守り、人々を心から慈しみ、つらい人を励まし、どんなに生活が困窮しようとも、その高潔さを安売りしたり、棄てたりすることはありません。


当時孔子は理想の政治を思い国中を歩きますが、誰からも重用されることはありませんでした。落ち込み嘆息し、魯の国に帰る道の途中に深い谷がありました。誰の目に止まる訳では無い、人の往来の無い地です。そこに香蘭が群生していました。孔子は自身の今の境遇を重ね合わせて、

夫蘭當爲王者香
今乃獨茂、與衆草爲伍。


それ蘭まさに王者の香りたり。今すなわち独り茂り、衆草と伍と為す。

私は今疲れ果てて落ち込みくじけそうになっていますが、この美しい蘭の花はどうでしょうか。誰の目に触れることもなく、誰に品評されることもなく、長い間、この誰もいない寂しい地で、誰が見ていようが見ていまいが、良い香りを放っています。私が通りかからなくとも、また、誰一人その存在を見ることがなくとも、この蘭は変わらずその美しさをたもち、香りを発し、枯れ落ちるその日まで、めいいっぱいに咲くという使命を最期まで果たすことでしょう。背伸びをすることもなく、よく思われようとすることもなく、今いるこの場所に留まり、一風景に溶け込み、適度に耐え、適度に休み、今日の朝日を浴び、風雨をしのぎ、夜の帳の暗さと寒さを受け入れて眠るのでしょう。私は何を狼狽え、私は何について悩み落ち込んでいたのでしょうか、本来の私の持つ思いを伝えるためにプレゼンテーションにばかり気を取られてしまい、自分を見失っていたのかもしれません。この香蘭のように、どなたがいかような反応を示されようとも、どなたからも見向きをして頂くことがなくとも、自己の内省をし、よりよい人間であるために、身近な人々の力に少しでもなれるように自身の向上にこそ全力を注いでいくべきなのでしょう。
 と感動します。

残忍な事件が起きています。苦境に立たされ負けてしまった人々。どんな逆境にあっても、蘭室の友がいないと嘆くのではなく、私自身が蘭の如く、孔子の如くに良い香りをまとった人でありたいと思う今日この頃です。

ラーメン屋さんに「香蘭」という名前の店がよくありますが、孔子の思いを秘めて営業されているのかもしれませんね。