晴れわたる青空の下で -26ページ目

晴れわたる青空の下で

人類の歴史は、「侮辱された人間が勝利する日」を、しんぼう強く待っている。インドの詩人タゴール

太陽と月とが共存している場所に最近いる。

フィルターバブルを考えてきたが、もしかしたらそれは、私の中にあるのかもしれないと思い始めている。

ということは、太陽のまぶしい時間と月の美しい時間、それは私に限らず、形は人によって違うが誰にでもある2つの時間、これを混ぜていくことがフィルターバブルの壁を越えていくことなのかもしれないと慎重に考えている。ここに私の課題がある。その「越え方」、それ自体を私が慎重に学ばなければならないということかもしれない。

まぶしい場所で学んできたことをようやく実践出来るということかもしれない。

これはかなり難しく困難な作業だ。しかし、これこそが、これから、多くの人が痛みを伴って違いを受け入れなくてはならない人達の動揺や難しさであったり、苦痛であったりするのかもしれない。まず私がその痛みを体現するのか。苦悩するのもいい。僕はまた、新たな通過点に立てたのかもしれない。

音楽をする人が演奏をしたり、歌詞を声に乗せて歌ったり、俳優や役者が演技をするような存在に似ている。似ているが違う。

習字を書くのに似ているのかもしれない。

これからやろうとしている作業はとてもやりがいがありそうだ。


私の主張は地球は平面だと信じている人達に「そうじゃない!」と伝えるのと同じだ。



こちらが正しいことは間違いがないのだからこそ、丁寧でないといけないということかもしれない。