
44サークル【いじめ被害者主体の文化・直撃】
#いじめ後遺症色分けプロジェクト
#黄の旅路
#影の部屋 The room of Shadows
金色のいじめ後遺症-スーパースター観
いじめ被害者とスーパースター観についてずっと思いを巡らせていました。
スーパースター、スーパーヒーロー。こう書くと子供っぽい印象のお話のように思われるかもしれません。
深いいじめ後遺症を抱えておられるであろう人が昔テレビでインタビューを受けていた。インタビューの受け答えの内容であったり、振る舞いであったりが、自身の中にある「スーパースター」や「スーパーヒーロー」の種を持ってはいるが表に出すと、どうもその言動が幼稚で、非常に滑稽なものに見える。
格闘技大会ブレイキングダウンでも「僕はヒーローになるんだ」ととても決意が籠った思いを語られていた。真っ直ぐな思いが伝わるものだと私も心が震えた。だけど、少し違和感を感じたのも正直な感想だ。僕は彼らの語ったことが変だと嘲笑いたい訳では絶対ない。真っ直ぐで本気の思いだったと思う。それでも、どこか幼い印象が拭えなかった私の人間的未熟さはある。あの真っ直ぐな思いが途中で歪んで見えてしまったのは僕の未熟さと、あとはいじめ後遺症により本気の思いを少し歪ませて伝える癖があるということだと僕は見ている。
そして「思いの種」というものに濁りがないと僕は思うんです。スーパーヒーローだとかスーパースターだとか書くとどうしても半笑い感がある、そう見られてしまうだろうなと思う自分がいます。だけど、本気でいじめと戦うには、そういった「思いの種」、マインドというのかな? そういった形が正解であると思うんです。外面の派手さのみの存在ではなく、内面や実際的な行動。長い忍耐の時期と、周りの多くの人を思いやる力。外面は不器用に見えることもあるかもしれないが、「思いの種」は自ら潰さず真っ直ぐに芽を出している。
いじめと戦うには、そういった「思いの種」を堅持するのが大変だけど自然であることだと思う。この話もまだまだ書きにくい。でもこれ大事。いじめ被害者当事者本人の特質であり、いじめ被害者の親御さんの特質ではないというところが大事だと思う。自分の思いを素直に伝える。どう勘違いされても。素直に受け取ってくれる可能性、正視眼で見てくれる可能性は限りなく低いかもしれない。そして実際にやはり乖離してる。それでもブレずに伝えなければならない思いがある。僕がなかなか顔出ししないのは、ここに理由かもしれない。自分の見た目や仕草が醜悪であるとか、みっともないと思っている。
絵画
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