weblog~思いの丈を。

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回顧録のようなもの。
思い出に節度のないブログです。

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水曜日のカンパネラというアーティストが最近気になる。

 

初見はTV。 細かく観察すると、スタイルが良い。(エロい)

 

後日、youtubeで検索してみた。

いろんな曲がアップされているなか、

「カンフーレディー」という曲名・・・。まさか・・・。

 

早速、再生。

 

やはり!あの、「カンフーレディー」だった。

 

 

子供の頃、「ひらけ!ポンキッキ」という子供向け番組があり、

そのエンディングあたりで流れていたのが、この「功夫淑女ことカンフーレディー」である。

友人Mがよく、物まねをし、歌っていたのが印象的だった。

(Mは後に、精神を病み病院へ長期入院した。)

それまでの僕は、まだ「カンフーレディー」は知らない。

 

友人Mは、カンフーの動きをしてみせ、(たしか、蟷螂拳の動き)

♪おおきくむ~ねに、す~ういきは~しずかにそら~へ、かえすべし~

 と、歌ったと思ったら、

 アチョォーーー

と、両手を空へ突き出した。

 

そのころは、ブルースリーからジャッキーチェンに移り代わり、

モンキーシリーズがブームになっていた。

 

僕は無性に観たくなった。

 

たしか、朝8時ころの番組なので学校に行くギリギリの時間帯だった。

自分はオープニングを見て登校という感じだったため、学校を遅刻するか、休まなければ、「カンフーレディー」は見れないのである。

(友人Mは、学校から近い距離に家があるため見れた)

TVを見たいが為の遅刻は、まず、ありえないので、やはり仮病を使い休んで見るのが賢明だろう・・・とのことで休んで見てた記憶がある。

しかし、友人Mの振り付けは当たってなく、両手を空へも突き出してなかった。でも、「アチョォー」は似てた気がする。とても良いMV。

 

水曜日のカンパネラのカバー。良いね。しかし、欲をいえば、曲間に

「アチョォー」のかけ声は入れて欲しかった・・・。

 

あの時の友人Mばりに。

 

 

 

 

 

実はボク、株トレードをやってました。

そして、大損しました。100万円。

 

もちろん、勉強しました。

 

トレードの基本的な事、株式の事、経済の事。

しかし、一番重要なのはメンタルを鍛えるということ。

簡単にメンタルと言っても、人間、本能に逆らい、恐怖に打ち勝つ

というのは並大抵な事ではなく、ある種、修行的なことが必要だ。

 

お金持ちになりたいボクはネットで検索し、トレードに必要なメンタルトレーニングの方法を勉強しました。

 

全財産(貯金)100万円を失う。もう、トレードは出来ません。また、資金を貯めるしかありません。

 

やはり、きちんと勉強してから行いましょう。

 

放心状態、絶望・・・いろんな状態。

 

「酒を飲むしかない!!!」

 

街に出る。飲み屋街の路地裏。

自販機に照らされた喫煙所でタバコを吹かし、自販機に目をやると・・・トミーリージョーンズ。

 

   

 

「人は変われる、数分で。」

 

タバコの煙が、目に沁みた。

 

                      

ボクが小学生の頃のはなし。

日曜日の夜8時といえば「西遊記」でした。

堺マチャアキ主演のドラマ。ドラマ内容、感想その他は割愛しますが

毎週楽しみでした。

エンディング曲はミッキー吉野率いるゴダイゴ。曲が「ガンダーラ」

です。

この曲が流れると「西遊記」も終わりなわけで・・・そして、学校が始まる・・・少し憂鬱な気分にさせられました。

今でもこの曲を聴くと少しメランコリックになる。

名曲なのですが。

 

 

 

ジェケットは面白いですね。「西遊記」とコラボです。

 

この「ガンダーラ」には何個か思い出がありまして。

ひとつはその当時同級生だったヨシノリ君との思い出です。

ヨシノリ君は4人兄弟の末っ子で家は貧乏でした。

地味な感じだったけど優しいヤツ。

そんなヨシノリ君の家に一度遊びに行ったことがあって、

たしかオンボロの公営住宅に住んでいて狭い家だったのを憶えてる。

なんで行ったのかというとゴダイゴのレコードがあるからという彼の誘いからだった。

ヨシノリ君の家は貧乏で有名だったので「なんで買えるの?」という感じたったが理由は「お父さんがパチンコで取ってきた」というのがホントだった。ヨシノリ君のお父さんはギャンブル好きで当時からパチンコばっかりやってたから。そして、今で言うDVな人。

そんな経緯でも、ボクらにレコードを自慢してきたぐらいだからヨシノリ君は嬉しかったんだと思う。

 

でも・・・未だに思い出そうとしても聴いた記憶がない。かすかな記憶ではレコードはあったし見せてもらった記憶はあるが・・・。

 

なんかボクらは誤魔化され聴かせてもらえなかったような気がする・・・。

そう、プレーヤー。ステレオが無かったんだと思う。ヨシノリ君からハッキリ聞いたわけではないけど。

当時ボクの家にも無かったのでバカにはできないが、そうだったんだと思う。

そして、ヨシノリ君はその後転校しちゃった。

でも今でも嬉しそうな顔でゴダイゴのレコードを自慢してたヨシノリ君の顔が浮かびます。

 

そんな事を思いながらその日の就寝後、ヨシノリ君が夢に出てきた。

ヨシノリ君が講演会さながらの舞台で演説してる夢。

「ガンダーラは愛の国なんです!」と言っていきなり「ガンダーラ」を歌い出す。

 

朝、目が覚めたボク。なぜか幸せな気分だった。

 

 

 

 

 

ボクが高校生の頃ブルーハーツが流行ってた。

 

「リンダリンダ」の衝撃は今でもハッキリ憶えてます。

 

初めて聞いたのは高校の文化祭。

先輩バンドがブルーハーツをコピーしてた。

靴屋の竹田先輩。

「えっ!ブルーハーツ知らねーのがぁ~」

と、ボクはバカにされた。

その頃はレコード屋ぐらいしか音楽を知る手段がなかったので、すぐ

近所のレコード屋へ。

小遣いがなかったので見ただけ。

バンド名のみのシンプルなジャケット。

 

数日後、CDを買った友達の家に行き初めて聴く。

衝撃でした。

 

高校を卒業し、就職先を辞め、アルバイトで建築現場の土方をやって

た頃、ブルーハーツもTV出始めて認知度も上がってた。

「青空」

TVで歌っていた。

その頃のボクはブルーハーツはあまり聞いてなかったけど、

「いい曲だなぁ」と。

CDアルバム購入した。

 

当時のボクは、彼女もいない無気力な青年。バイトもコロコロ変えていた。

 

建築現場の休憩中。

ピーカンな青空の下。

寝転がりタバコを吹かしていたボクに、「青空」が聞こえてきた。

 

運転手さんそのバスに

ボクも乗っけてくれないか

行き先ならどこでもいい

こんなはずじゃなかっただろ?

歴史がボクを問いつめる

まぶしいほど青い空の真下で

 

年をとった今、痛いほどこの歌詞が突き刺さる。

 

「こんなはずじゃなかっただろ?」

 

ホントの歌詞の意味はわからないが、今、46歳のオッサンには

いつも聞こえてくる問いかけだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

自分は基本、ドラマ好きである。

脚本家を目指していた頃もあったということもあるが、「映画よりTVドラマが好き」とハッキリ言えるくらい好きです。

それも、現代ドラマより昭和ドラマが好き。(自分が昭和男という事なので)だからハッキリ言ってレンタルビデオの無いものや、ましてや再放送なんてほぼ無いに等しい。名作ドラマ等はビデオになってたり、DVDはそこそこあるが、自分の観たいドラマは少しマニアックなので特に無いのである。

悲しい性分です。

それでも最近はyoutube等にさわりだけアップロードされてたりしてるが、これが益々観たくなる気分になりフラストレーションが溜まる一方であります。

 

こないだ、やはり何気なくyoutubeをサーフィンしていたら、「大都会」のオープニング動画に出会った。「大都会」と聞いてわかる人はわかる。曲名ではなくドラマのほう。どっちにせよ昭和な人にしかわからんが・・・(笑)

そして、昔働いていた赤坂のバーでホステスをしていた、「レイコ」さんを思い出す。

レイコさんは当時35歳ぐらい。綺麗な大人の女性といった感じの方で、田舎モノの自分には都会的に見えた。

そのレイコさんが、

 

「刑事ドラマでは・・「大都会」が好き。それも「闘いの日々」、一番最初のヤツね。」

 

と、お客様との会話で言っていたのを今でも憶えている。

自分も好きな刑事ドラマが「大都会」だから特にレイコさんに対し親近感を覚えました。

自分の頃は「西部警察」全盛期の頃で、その基盤を作ったドラマとしてなのか夕方に「大都会」が再放送されていた。学校から帰り、毎日、祖父と一緒に観るのが一時日課になってました。そして、いまだに記憶している渡哲也が土砂降りの雨の中を歩くシーン。

このドラマは雨のシーンが多かった気がする・・・。メランコリック。

「大都会~闘いの日々」は、どちらかというと、ヒューマン系の刑事ドラマ。そして、「大都会パートⅡ」から、だんだんアクション系のドラマになって行きますが、自分も最初の「大都会~闘いの日々」が一番好き。

そして、原案、脚本が「倉本聡」。(パートⅡからは違う脚本家)

やはり、自分の好きな脚本家です。自分のSOULが引き寄せるのかもしれません。

 

懐かしさにかられネットで検索。「あった!」U-NEXTで放送している。(良い時代だ!笑)さっそく無料入会し、視聴。

やはり良い。メランコリックな作りがまた良い。

今日からまた楽しみが増えました。

自分が記憶してたシーン・・・まだ観てないが、再会が楽しみです。

 

レイコさん元気かなぁ・・・メランコリック。

 

 

 

むか~しにTVで聞いたことがある程度の歌謡曲だった、

 

野口五郎「ダイヤル117」。

 

 

たま~に天気予報177・・・なんて、会話などで出てくると何故か・・・

 

この曲が頭をかすめる。

 

YOUTUBEで聞いてみるか・・・。

 

やはり、良い。名曲である。五郎さんも熱唱である。

 

昭和歌謡で育った僕にはたまらない、THE昭和と言ったところ。

 

サビのところの♪まぁわすっ~ダイヤルゥ~いち、な~な~、な~な~。

 

哀愁が漂ってます。

 

歌詞の内容は簡単にいうと、別れを切り出された男の強がりを描いた歌詞です。

 

別の女に電話をかけるフリをして、177にかけるわけです。

 

なんかそんな強がりも昭和です。

 

この歌詞・・・現代なら女性版でも良いかも・・・なんて思ったりもしますが、

 

そこは昭和なので、男の立場でしっくりくるわけです。

 

今度カラオケで歌おうかな・・・僕の好きな昭和歌謡でした。

 僕は、映画、ドラマも大好きです。

大好きな、作品及び、監督、役者が沢山おりますが、今回は「市川 崑」監督。

小さい頃、学校から帰るとジッチャが(祖父)相撲中継の前に観てた再放送のドラマが、

「市川 崑 劇場 木枯らし紋次郎」でした。

なにげなく観てた時代劇。独特な映像美で一瞬静止するワンカット。子供心に「カッコいい」

と思いました。

そして、同じ頃、夜のテレビで「犬神家の一族」というサスペンス映画を放送しており、

「あっ!」っとなり、「木枯らし紋次郎」と似てる・・・。

これが、市川監督を知ったいきさつであります。




一気に四作観てしまいました。何回も観てますが、いつも緊張感があり、独特な映像に「ぞくっ」

とします。

良い映画です。

ちなみに「横溝正史シリーズ」は、市川監督の作品しか観てません・・・。

なので、僕の中の「金田一耕助」」は「石坂浩二」なのです。
僕は、サンドウィッチを食べるときは(家で)いつも、粒マスタードとマヨネーズを付けて

食べる。


この食べ方は、僕が、21、22歳の頃、働いていたBARのチーフバーテンダーの方に教えて頂いた

食べ方です。

このBARは、赤坂に当時あり、赤坂の某料亭で出店しているBARでした。そのため、基本お客様

は、料亭のお客様以外は紹介が無いと入れない、いわゆる「一見様」お断りのBARでした。

そして、BARとは言っても、ホステスさんもママも居るという昔のスタイル。

僕が働くきっかけは、当時、下北沢の弁当屋の配達をしていた頃、一緒に働いていたF君の

紹介から。

彼が、その前まで働いていたのだが、横浜の方に就職するとのことで、僕に「BARで働いて

みないか?」と誘って、時給も1500円だし、交通費も支給する、とのことで断る理由が無く

次の日からF君と引継ぎしながら働きだしました。

実は、当時、そのチーフバーテンダーのSさんは、67の高齢で癌を患っており、休業中。

その間、F君がカウンターに立っていましたが、そこは、ママを始めホステスの方も居たので

特に問題はなかったようです。

しかし、引き継いだ直後は大変でした。ぜんぜん経験がないのですから・・・。

お通しなどは、ママに作って貰ったり、出来合いの物を出したりし・・・接客のなってない

僕は、よくお客様には怒られてました・・・。

そんなこんなで、チーフが戻られた時は安心しました。が、戻ったら戻ったで大変でしたが。

そのチーフという人は、とにかく我がまま・・というか、自分勝手というか・・見た目は、

カーネルサンダース似であり、子供っぽい人で、江戸っ子の人でした。

まだ、大人になりきれてない僕はよく怒られてました・・・そんなこんなで、きちんとした

カクテルの作り方や作法など教えていただけないまま、一年後お店は閉店することになって

しまったのでした。

それから僕は、別のBARで働くことが決まり、チーフと別れる際頂いたのが、この、マグカップ

と、ジバンシーのガスライターでした。

「俺は、もう長くないから・・形見分けだ。」とチーフ。

その何年後かに、チーフは亡くなりました。

チーフの妹さんにお墓を案内してもらい、当時のホステスさん二人とお墓参り。

好きだったウィスキーを供えてきました・・・

そのチーフから教えてもらったサンドウィッチの食べ方なのです。(だいぶ前置きが長くなりましたが笑)

師匠と表現しましたが・・・チーフは弟子とは思ってないかも知れません。

実は、チーフの弟子は何人かおり、その中で、俳優さんになった方もおります。(一度、チーフの快気祝い

で来店の際お目にかかったことありました。今では有名な俳優さんです。)

でも、自分は未だに忘れられない、自分の人生に影響を与えた人の1人なので師匠なのです。その後の

バーテンダーとしての(この話は機会があれば投稿します)

そして、未だにマグカップとライターは使ってます。(ライターは壊れてしまったが)

(マグカップは一度落としてしまいヒビが入り、パテで修復歴あり)






こちらのブログにお世話になります。tukebeです。どうぞよろしく。


tukebeと書いて、「つけべ」と呼びます。


ネットではこの名前でやってます。スケベから転じた名前ですが、面白くありませんし、むしろ寒いくらいです。


以前、何かの機会にニックネームを聞かれて作成し、めんどくさいのでそのまま使っているだけです。



時間がありましたら是非ごらんください。