ひさびさの更新は、次男三歳のお誕生日です
震災三日後に生まれた次男を、「希望の光」としながら、誕生を喜ぶことを控えた部分もありました。
「生まれました」という報告でさえ、躊躇したことも。
周りには、子や親が犠牲になった友達、仕事で関わっていた老人たちの死、明日さえ分からない人達。
夜中の授乳も、半年以上は泣きながらやったかな。
真っ暗な中考えるのは、ふるさとや友達や前職場のことばかりで、産後なんとかに加えて、一人で身動き出来ない自分が苦しかった。
赤ちゃん時期の記憶も薄く、写真もほとんどない。
そんな育児に集中出来ない中でも、無事大きくなり、今じゃお兄ちゃんと同じく仮面ライダー一直線の男の子に
そして最近ふと気づいたこと。
ふるさとのガレキの山がなくなり、「あの風景は夢だったのかな」と錯覚し、
「いや、全て人が動かしたんだ」と…。
海まで、果てしなく続いていたガレキや泥を、世界中の人が動かしてくれた。
三年後こうなるなんて、想像もつかなかった。
町も道路も家の中も。
あれを人の手で「やろう」となった気持ちに、学ぶことがある。
伝え続けていきたいことがある。
出産の日、当たり前のように町を通って病院に着いたけれど、あの道路は誰かが作ってくれた「道」であったことも。
「命の誕生」まで、たくさんの人達が繋いでくれたことも。
だから、子供が怖いと言っても私は津波の話をする。
親や子と離れてしまった人の話をする。
それが、海が身近じゃない子供達には必要だと思うから。
「おめでとう」と言われることを当たり前と思わず、自分が生まれた日は「感謝」できる子になりますように。
Android携帯からの投稿

震災三日後に生まれた次男を、「希望の光」としながら、誕生を喜ぶことを控えた部分もありました。
「生まれました」という報告でさえ、躊躇したことも。
周りには、子や親が犠牲になった友達、仕事で関わっていた老人たちの死、明日さえ分からない人達。
夜中の授乳も、半年以上は泣きながらやったかな。
真っ暗な中考えるのは、ふるさとや友達や前職場のことばかりで、産後なんとかに加えて、一人で身動き出来ない自分が苦しかった。
赤ちゃん時期の記憶も薄く、写真もほとんどない。
そんな育児に集中出来ない中でも、無事大きくなり、今じゃお兄ちゃんと同じく仮面ライダー一直線の男の子に

そして最近ふと気づいたこと。
ふるさとのガレキの山がなくなり、「あの風景は夢だったのかな」と錯覚し、
「いや、全て人が動かしたんだ」と…。
海まで、果てしなく続いていたガレキや泥を、世界中の人が動かしてくれた。
三年後こうなるなんて、想像もつかなかった。
町も道路も家の中も。
あれを人の手で「やろう」となった気持ちに、学ぶことがある。
伝え続けていきたいことがある。
出産の日、当たり前のように町を通って病院に着いたけれど、あの道路は誰かが作ってくれた「道」であったことも。
「命の誕生」まで、たくさんの人達が繋いでくれたことも。
だから、子供が怖いと言っても私は津波の話をする。
親や子と離れてしまった人の話をする。
それが、海が身近じゃない子供達には必要だと思うから。
「おめでとう」と言われることを当たり前と思わず、自分が生まれた日は「感謝」できる子になりますように。
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大人4人子供5人で、スタジアムに届くような応援をしました。


