正に、こーなるハズだった
と、生前のあかりちゃんとよく話してました。
長いけど、後半にあかりちゃんの記事載せます
お暇なら見てよね?
さて、どーなるハズだったのか?
小林麻央ちゃんの様な愛と勇気を発信でき、世のためになるブログを書き
感謝と、何だろう、、、悟り?(ちょと違うなー、まぁー何となく分かって下さい)
ただ、最近ご自分を載せてるので、似てるな〜〜って思う所があります
もちろん、あんなに可愛い所が似てるとかじゃありまてん

とは言えです、乳癌告知をされた時は私だって30代

……後半だけど…
もう少しピチっとしてました

ちょっとぽっちゃりした麻央ちゃんの写真見ると思い出す
それは
抗がん剤をすると
浮腫みます。(婦人科系の薬剤はそうなるらしいと聞きました)
昔も書いたけど、抗がん剤治療=痩せ細ってしまう
は、あまりないらしい
これは、病院から抗がん剤治療前に心のケアとして面接があり聞きました
食欲も抑えられない時が多く、まん丸ちゃんになります
吐き気の副作用があっても落ち着けば盛り返す食欲
頭はツルっ禿げ
眉毛、まつ毛、体毛の全てがツルっツルでどこにも一本もはえてません状態
浮腫んでムーンフェイス
体重増加(私はドクターストップかかりました)
爪は黒ずみ、剥がれたり
やっぱり、キャスパーみたい
全裸で鏡の前に立つと、正にこんな、感じでした
これにヅラかぶるんだから、ギャク⁉️みたいな
でも出来ない経験ですから後になればこーして笑えますが
当時は、精神的に破壊され
泣きわめき大変でした、横にいた保育園児の息子も不安でたまらなかったと思います
初めて髪がごっそり抜けた時の半狂乱ぶりは過去ブログに書いたかもしれませんが今でも忘れられない瞬間です
見かけもそうだし、出来たらもう1人欲しかった(再婚して)ので生理も止まって、もうそのままないかもしれないと言われた時
オンナ終了には早過ぎねーか❓って嘆き狂ったものです
何より、こんな姿が元に戻るとは思えないくらいの変貌ぶりにも2度と恋も出来ない
ってなくらい真っ暗でしたねぇ
友達はラブな彼氏いてね、『一緒に美容院行ってね、個室取ってくれてね、彼もバリカンで坊主にしてくれて、剃りにお互いの名前を残してね、一緒に爆笑し合ってくれたんだ〜ぁ』
ふ〜〜ん
内心は
“そりゃー良かったです事。”
とゆー風に捻くれまくってました
こちとらシングルマザー、支えとなる彼氏旦那もなく
小さな息子にさえ涙ばかり見せて親としても失格
家族にさえ(子供に)ひた隠しにした闘病生活、とか見聞きすると、立派過ぎだわーと、もっとダメだダメだと追い込まれて行きましたわ
多分、あの頃の私が
北斗晶さん、麻央ちゃんのブログ見ても
益々落ち込んでいたでしょう
私には、そんなに心配して支えてくれる伴侶もいない
と。
だって病理が違うとか、客観視出来たのはもっと後の話。
でも
不思議と穴埋めしてくれるのが人生ってもの
元彼の経済的援助や、たまたま当時だけ暇してた親友がべったりサポートしてくれたり
同じマンションをシェアハウスみたくしてた友達が寝込んだ日は息子を育ててくれた
治療費も母子家庭で無料
父との親子関係も変わりました
人生の流れが、変わった
悪い事ばっかじゃないんだ、悪いと思えば悪いけど
なーんだ、ゆっくりしちゃおう

あかりちゃんと友達になって
私達、どうして癌になってもこんなチッポケな人間なんだろう…

どーせなら
神々しい人間性
何かを悟ったり、人に優しくなれたりが理想の癌患者じゃねーのか

益々捻くれてる〜〜

と
真昼間から、自由が丘で茶ーしては
ダッラダラ悪口ばっかり言ってたなぁ〜
てかね、窮地に追い込まれて、本当は悪かった性格が明るみに出ただけかもね

って。
あかりちゃんは物書きでしたから、きっともっと生とは死とは、と考えたものでしょう
えっと、
麻央ちゃんとは浮腫んだ事実しか似てる所はなかったとゆー話です
最後に
昨夜たまたま、どんな経緯で保存されてたのかi phonを未だ理解してないので、、、
これはあかりちゃんが再発してしまってターミナルの頃の記事でしょう
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