天プロで過ごした4ヶ月間でわかった
自分の中に眠る猫ヂカラ
猫思考で生きること。
つまり、
自由な選択ができる環境に身を置くこと。
これが私の人生を
生き生きと輝かせてくれる条件。
それに気づけたのが
天プロで学んで1番よかったこと。
例えば、
自分と似たような境遇の人といる時、
自分を理解してくれる人がいる時
私の猫思考は発揮できる。
飾らないありのままの自分で
時にはわがままを言って
相手に合わせてもらい、
合わせてもらっていることにも
罪悪感を1ミリも感じない。
ワクワクすることに飛びついて、
あと先考えずにまずは進んでみて
夢中になって、楽しんでいると
いつの間にか
関わってくれる人にもワクワクが伝染する。
評価なんて気にせずに
誰かに褒められたいなんて気持ちも
サラサラない。
ただただ自分がやりたいから行動して
思い切り、今を楽しむ。
結果、
気づいたら
何かで1番になったり
取ろうとも思っていなかった
賞をもらっちゃったり、
すごい毎日楽しそうでいいねと
言われたり、
意図してやってなかったのに
周りから評価してもらえる。
これか私が猫のように自由で
周りを気にせず
自分軸で生きられているときに
起こること。
これが発揮できる時は
楽しくて仕方がない。
私にとって
自由で、本来の自分であることは
こういうことなのかなと思うのだけど
この自由は
「いつでも手に入るものではないし、
制限があるもの」
と、
いつからか
思い込むようになってしまっていた。
そんな思い込みを作り出しているのが
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自分を否定されたらどうしよう
嫌われたくない
ーーーーーーーーーーーーーー
という
子供の頃から心の中に存在してた
モヤモヤとした黒い塊のようなもの。
両親から人に迷惑をかけることをするな
誰にでも平等に優しくしなさい
そう育てられ、
今自分はちゃんと優しくできてるかな?
迷惑をかけるようなことは
してないかな?
それを気にして、
人の顔色をうかがって生きてきた。
全ては
誰かに褒められて
自分を認めてもらいたかったから。
その為には、
嫌なことでも自分が我慢をして
誰かに合わせて、
その場を丸く収める。
余計なことは言わない。
そう生きることが正解なんだと
思っていた。
子供の頃、私がわがままで
いう事を聞かない時に
「お姉ちゃんは橋の下から
拾ってきた子だから、うちの子じゃない」
と言われた事を
今でもよく覚えてる。
幼心に冗談である事は
なんとなくわかってはいたけど
心のどこかで
いつも心配だった。
私は本当に、
ここの家の子じゃないのかもしれない。
妹は私が怒られるのをみているから
要領よくこなして
怒られないように、上手くかいくぐる。
妹は可愛い、運がいいと褒められて、
私は顔が大きいだの、
ついてないだの言われる。
どうしたら両親に褒められるのかなと
考えていた子供時代だったと思う。
母が子供の頃に習いたかったけど
お金がなくて習えなかったピアノ。
その想いを託された感じがして
合唱コンクールの伴奏に選ばれるように
ピアノの練習を頑張ったり
勉強しなさいって怒られない為に
ちゃんと宿題や復習をやって
友達に遊びに誘われても断ったり
みんながやりたがらない掃除を
頑張ったりして、優等生を演じてた。
褒められる為に
必死に色んなことしていたんだろう。
同じ姉妹なのに、
私への扱いはなんかちょっと違う。
頑張らないと愛されないんだ。
今思うと、
子供ながらに
孤独感のようなものと戦っていた気がする。
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そんな子供時代を過ごしたことで
生まれた思い込み。
どうせ自分を理解してくれる人は少ない
理解してもらうのは疲れる
頑張って何かを与えないと愛されない
それなら、あまり人と深く関わらず
当たり障りなく大人しくしていよう。
自分と似たような人がいたら
その人にだけ心を開こう。
数少ない人にだけ分かって貰えばいい。
自分の感情に蓋をして
ジワジワと溜まっているストレスに
気づかないふりをして。
それに疲れしまうから
1人の時間も好きなんだろう。
自分が作り出した思い込みや
「ねばならない」という
つまらないルールに縛られて、
自分で可能性を狭めていた。
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・何も頑張っていない
ありのままの自分は愛されない
・どうせ自分は理解されない
これからは
そんな勝手な思い込みを
手放してみる訓練をしてみよう。
まずは
「自由に生きる為にやらないこと」
を決めてみる。
・自分の感情に嘘をつくこと。
・自分の存在を大きそうにみせること。
・日々のやるべきことに支配されてしまうこと
・人から理解されたいと思うこと
自分の感情に嘘をつかずに
自由にわがままを貫き通すのは
なかなか難しい。
自分が我慢する方がよっぽど簡単で。
おまけに我慢することで、
周りから「ともちゃんはいい子。優しい子」
という評価ももらえるんだから、癖になる。
けどそれを手放してみよう。
自分を大きく見せたって、
それが本当の自分でなかったら
それを演じる自分が嫌になって
苦しくなって、つまんなくなる。
それなら最初から偽りの自分を演じない。
誰かに理解されなくなって
ちゃんとそばにいてくれる人はいる。
1人じゃないから
まずは理解されることを目的にせずに
自分がどうしたいかを考えてみる。
利益や評価を生み出さない時間を
優先したっていい。
無駄なことに時間を費やすことに
罪悪感を感じないで
これからは、
自分の為にやりたいことをやって
生きてみる。
誰かのためだと
頑張りつづけなきゃいけなくなって
楽しめなくなるからね。
自分の心によーく耳をすまして
時間も忘れて夢中になれることを
ちっちゃなことから始めてみよう。
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こんなに自分に向き合ったことは、
今までの人生でなかった。
自分の嫌な部分は見ないようにしてた。
今はまだまだ小さなケージの中での
自由しか知らない。
でも
そこから出れる術はいっぱいある。
危険もたくさんあるかもしれないけれど、
それ以上にもっともっと広くて深くて
自分の人生を豊かに、
もっと価値あるものにできる可能性が
無限大にある。
天プロで過ごしてみて、
今やっと、
自分の自由を自分で
狭めていたことに気づけたところ。
1年後にはどんな自分になってるんだろう。
それを想像したら、
久しぶりにワクワクした。
これからは他人の為に生きるんじゃなくて
自分の為に生きよう。
自由気ままな猫みたいに。




