お知らせ ミロが亡くなってから約2ヶ月
ミロが亡くなってから約2ヶ月。
最近、地元のボランティアさんの自宅で猫が6匹も産まれてしまい、子猫を飼わないかと言われていたのですが、
ミロのこともまだ気持ちが落ち着いていなかったので、
気持ちの整理ができてからと思って返事はしていませんでした。
ですが、家族が増えてしまいました![]()
父親の友人が子猫を見つけてしまって、飼える人がいなく、仕方なくうちに連れてくることになり…
僕は前日にミロの墓参りに行って、ミロに聞いたんです。
「子猫を家に連れてきてもいいかな?(ボランティアさんから譲り受けるという意味で)」
その次の日にそんな話があったので、
これはミロなりの返事なのかなと。
しかも、僕が家に帰って子猫を見たら、昔ミロと一緒に暮らしていたチロという子供の猫にそっくりな子猫でした。(チロは1年も経たないうちにウイルスで亡くなった猫です)
チロはあまりにも元気で人懐っこい性格で、ミロにちょっかいばかり出していたので、ミロはあまり好きではなかったみたいですが。
これは何かの運命かなと思っています。
チロくん(男の子)↓2001年撮影
動物管理センター:飼い猫を誤って殺処分
動物管理センター:飼い猫を誤って殺処分 毎日jpより
http://mainichi.jp/select/news/20130604k0000m040039000c.html
命を扱っているにもかかわらず、確認などを怠るなんてひどすぎます。
毎日のように殺処分しているため、殺処分に慣れてしまっているのでしょうか。
いつも温かいコメントをありがとうございます。
生き物はいつかは旅立つ。
残された者は、過去にばかり振り返らず、前を見ていかなければなりませんよね!
「家族が亡くなったんです。猫なんですが…」と言った時の相手の反応は色々あると思います。
「なんだ猫か」と思う方もたくさんいると思います。
僕にとってはそれは違うと思いますが、残念ながら現実は「また飼えばいいじゃん」という考えの方もたくさんいるのでしょう。
今年ミロさんを動物病院に連れていった時に、
ガンが肺に転移しかけていて、色々な可能性を考えて手術するかどうか悩んでいた時に、
病院のドクターが、「家族が入院(手術)するかどうか決めるのが本人にとって良い選択だ」と言っていました。
ですが、言葉を話せない動物にとってどちらが良いのかを考えるのは簡単なことではありません。
手術すれば確実に良くなるのであれば手術をしていました。
しかし、肺に転移している部分は手術できないのと、既に二回手術していたこと、高齢で体力もかなり落ちてきたこと、猫としての寿命からするといつ亡くなってもおかしくない年齢であること、入院(手術)のストレスや危険性、本人が入院についてどう思うか色々考えた結果、
本人が痛みなど辛そうだったら通院はしても、入院や手術はせず、
できる限り好きなように好きな物を食べたり、したりストレスのなるべく少ない生活をさせてあげることに決めました。
それからの生活は、体力もなくなっていき、足腰も弱くなり、どんどん痩せていき、できる事も少なくなりましたが、
トイレに関しては最後まで自分だけでやるように精一杯頑張っていました。
食事に関しては、たくさん甘えてくれて、なるべくそれに答えるようにしてきましたので、今まで食べたことないものもたくさん食べ、本人は嬉しかったのだと思います。
最後の日も家族に迷惑かけることなく、(どんなことであれ家族は迷惑と思うことはありませんが)
旅立つタイミングも、
旅立つサインも教えてくれ、
家族の前で旅立っていきました。
ずっと、ミロはお利口な猫で、頭も良く、気もきいて、人間の感情を読むことのできる素晴らしい猫でした。
あの時すぐに手術をしていたら、あと数ヵ月長く生きられたかもしれません。
ですが、人間の言葉を話せない、病院嫌いなミロの事を考えると、ストレスになる病院に入院するよりは良かったのではないかと、
判断は正しかったのだと思います。そうだと思いたいと思います。
旅立ってしまった悲しさはありますが、僕としては後悔はなく、
ミロに対してはとても感謝しています。
たくさんの思い出と、たくさんの経験、勉強をさせてくれました。
17年も一緒にいると、旅立ってしまうのは相当悲しいですね…
ミロの体のやさしい香りをもうかげないのも残念です。
シャワーを浴びていると、入口の外で待っているのではないかと思ってしまったり、
リビングでテレビを見ていると、ミロ専用の座布団に座っているのではないかと、感じてしまったり、
パソコンをしていると、僕の部屋の入口から入って来たような気がしてしまったり、
毎日家に帰ると、「ミロはどこにいる?」と聞いてしまいそうになったり、
買い物に行くと、ミロのおやつの美味しそうなのはないかなと探してしまったり…
長年の習慣はなかなか抜けないものですね。
ミロがいなくなってしまったので、
少しでも早く新しく猫をお世話してあげたい(里親として)という気持ちもたくさんありますが、
まだ気持ちが落ち着いていないので、早い気がします。
たくさんのコメント、メッセージありがとうございました。
この前ミロのお墓に行ってきて落ち着いてきました。
今までのミロの写真を集めて、写真集にしようと思います。
ミロさんは今年に入ってから亡くなるつい最近までは色々なものを欲しがり、たくさん食べました。
今まで人間のご飯には全く手を出さなかったミロさんが、人間の食事の時間には毎回側にきて、手を出しておねだりしました。
魚やパン、味のない麺、玉子焼き、猫用のおやつなど、後悔のないようにと、食べたいものをなるべくあげるようにしてきました。
飲み水にも好き嫌いができて、特にお風呂のシャワーから出るぬるい水が好きになり、お風呂場の前で待っていることも多くありました。
今まであまり飲まなかった水をたくさん飲むようになったのは、病気が原因なようです。
そして、独りで寝るのが好きだったミロさんが、リビングのミロ専用座布団で深く寝るようにもなりました。
ミロさんは猫としてではなく、人間として暮らしてきて幸せだったのでしょうか。
野良猫さんとは違い、ずっと家の中で暮らしてきて、本人(本猫)はどう思っているのかが、気がかりです。
また続きは今度書きます。
ミロさん
2013年4月16日午前8時20分頃
ミロは旅立ちました。
僕が仕事に行こうと家を出る直前に、何かおかしいということで、ミロの側にいてあげることにしました。
前日も食事をとらず、ほぼ寝たきりでしたが、トイレにだけは自分で行こうとしたり、行けずに途中で座り込んでしまったり、
最後まで自分のことは自分でやろうと頑張っていました。
ほぼ寝たきり状態でも、僕が帰ってきたりすると首を持ち上げて顔を向けて意思表示をしてくれました。
今思うと、前日には意識がもうろうとしていて目もあまり見えていなかったように思います。
肺に転移していたガンが、さらに進行していて、呼吸が辛かったと思います。
時折、呼吸が苦しかったのか、吐き気のように口をあける仕草の間隔が短くなり、最後は呼吸困難でした。
ですが、医師の言っていたほど苦しむ時間も程度も軽かったように感じます。
「意識もなくなっていただろうし、あまり苦しまずに旅立てた」、と思いたい。
母の仕事が休みの日で、僕が仕事に行く直前、最後を家族が看取れるという、ちょっとでもずれていたら看取れなかったであろうタイミング、最後まで気遣いのある猫でした。
昔からイタズラや粗相をしないとてもお利口な猫です。
それどころか、人間の詳しい事情はわからないかもしれないけれど、人間の感情を読み取り察知していて、
僕や家族がイライラしているとき、落ち込んでいるとき、沈んでいるときに限ってすり寄ってきたり、
体調悪く寝込んでいると心配そうにベットの横に来て様子を見にきたり、心配してくれました。
これは、家族の猫だから大げさに言っているのではなく、客観的に見ても事実だと思います。
そして、そのような時に撫でさせてもらうと安心でき、落ち着きました。
これも、アニマルセラピーがあるように、動物とふれ合う事が癒しになると科学的にも証明されていますし、何より、大切な家族である動物だからなおさら効果があったのだと思います。
続きはまた記事にしたいと思います。
今はまだ思い出すのが辛いので、つづきの記事はいつになるか分かりません。
