あれから1年・・・
長かったような、短かったような、
振り返るとそんな1年だった。
俺は、親友を失った。
今思うと、後悔が残る。
3月15日(火)、
夜中3時から約5時間並んでやっと手に入れた20ℓのガソリンと少しのパンを持って、
高校まで過ごした故郷へ入った。
震災当日から何度連絡しても繋がらない親父を探すためだ。
それと同時に親戚、友人、知人の安否も周りと協力しながら情報収集していた。
そんな中、同級生2人の生存を確認したと、同じく故郷に入っていた友人から連絡を受けた。
その2人の内、1人が俺の親友だった。
そいつとの出会いは、忘れもしない、小学4年生の時。
少年野球チームに所属していた俺は、
町営球場で先輩達の試合をスタンドの金網越しに観ていた。
その試合の中で、一人だけ背は低いが、
とても足が早く、守備の上手い奴がいた。
「誰だ、あれ」
「あれ、4年生だっつぞ」
同い年で試合に出てしかも活躍してる・・・すげえな・・・
そんな印象だった。
それから暫くして、林間学校で隣町の施設に行った。
その施設には隣の地区の小学校も来ており、
あの背は低いが、とても足が早く、守備の上手い奴も来ていた。
2校とも休み時間が同時になった時、自然と俺達はお互いを見つけ、話をした。
俺達が仲良くなるのに時間はかからなかった。
それから中学、高校で共に笑い、泣き、たくさんの時間を共有した。
高校を卒業後、それぞれ別の道を歩み、
そいつは山、俺は海と、新たな出会いにのめり込んでいった。
周りの同級生が次々と家庭を持っていく中、
それよりもいつしかお互いに、それぞれの道を極めよう、と
新たな目標も共有していた。
だから、電話やメールをあまりしなくても、
たまの電話の最初の「おう」の一言で、
そいつが今悩んでいるのか、絶好調なのか、
全て理解出来ていた。
出来ていると思っていた・・・
同級生2人の生存を確認したと、同じく故郷に入っていた友人から連絡を受けた時、
俺はホッとした。ホッとしたことに後悔が残る。
ホッとしたことで、とりあえずあいつは生きていたから大丈夫、と思ったことに後悔が残る。
あいつは無事だから何かのついでに会いに行こう。そう思い、引き続き親父はもとより、
親戚、友人、知人の安否も確認するため、今は無き町中を自転車で走り続けた。
数ある中の避難所で、そいつの同僚に、そいつは今どこにいるのか訪ねると、
決まって「いま物資を運んでいる。夜には寝にここに戻って来るよ」という回答が返ってきた。
“また次会えるか。” 都度そう思い、また町中を自転車で走り続けた。
3月22日(火)、
事態は一変した。
親父の安否がいくら探しても分からなかったため、
ひとまず当時拠点にしていた所に戻ることにした。
8時30分頃、拠点に戻る前に震災に関する資料を受け取るため、
仮役所のロビーのソファーに座っていた。
すると、前から一人の同級生がやってきた。
「おう」と声をかけるやいなや次の言葉が返ってきた。
「大変なことが起こった。 ~ が死んだ」
“え?この大変な時に何を言ってんだ”という思いと同時に、
“この大変な時に且つ死んだなんて嘘言うはずないよな”という思いも頭の中を駆け回り、
“でも信じたくない、嘘って言ってくれ”と思いながらも、
詳しい話を聞いていくうちに、信じざるをえなかった。
それから、その日の夕方、
そいつに会った。変わり果てたそいつに。
翌日、火葬に参列した。
みんな泣いていた。
あれから1年。
今、お前はどこで何をしているのだろう。
考えだすと、切りがない。
思い出すと、涙が止まらない。
お前は35歳でこの世を去った。
俺の誕生日の度にお前から必ず届いていたお祝いのメールが、
去年から、もう届くことはない。
10歳からともに過ごした25年間。すごく楽しかった。
初めて話して意気投合した日。
中2の祭りの夜店で、夜遅くまで遊んで背番号を2人で剥奪された日。
県大会で優勝し喜びに浸った日。
校内マラソン大会で、逆転優勝し、ガッツポーズでゴールした日。
地区駅伝で、25人抜きの新記録を樹立した日。
お互いが上手く接することが出来ず、上手く話すことが出来ず、少しギクシャクした日。
専北に勝ってガッツポーズした日。
成人式の2次会を成功させて、二人で熊ちゃんラーメンで乾杯した日。
レゲエスプラッシュで踊りまくった日。
尾崎ハウスに行こうとしたが計画倒れになった日。
朝まで飲み歩き、語った日。
雪山に撮影に行った日。
バカして、騒いで、ハイタッチした日々・・・
想い出は尽きない。
もう、頑張らなくていいぞ。
頑張らなくていいんだぞ。
ゆっくり休めよ。
ゆっくり休めよ。
苦しい時に、相談にのってやれなくてごめんな。
力になってやれなくてごめんな。
お前のこと、分かってるつもりだった。
何も分かってなくてごめんな。
ごめんな。
今まで、沢山の優しさをありがとう。
お前に教えてもらったことを、
俺は周りの人に還元していくから。
中学の時、お前が「これいいよ」って薦めてくれた、
サイモン&ガーファンクルの「明日に架ける橋」。
今度は俺からプレゼントすっから。
最後に、
今まで本当にありがとう。
もう少ししたら、俺もそっちに行ぐがら。
それまでの間、もう少し待ってでな。
次会ったら、今度こそはダブルデートすっぺし。
そして、お互いに結婚式の友人代表挨拶すっぺし。
約束だぞ。
俺はお前に出会えて幸せだぞ。
ありがとうな。
次に会うまで。
さようなら。
http://www.youtube.com/watch?v=5h8o29jF7K4
長かったような、短かったような、
振り返るとそんな1年だった。
俺は、親友を失った。
今思うと、後悔が残る。
3月15日(火)、
夜中3時から約5時間並んでやっと手に入れた20ℓのガソリンと少しのパンを持って、
高校まで過ごした故郷へ入った。
震災当日から何度連絡しても繋がらない親父を探すためだ。
それと同時に親戚、友人、知人の安否も周りと協力しながら情報収集していた。
そんな中、同級生2人の生存を確認したと、同じく故郷に入っていた友人から連絡を受けた。
その2人の内、1人が俺の親友だった。
そいつとの出会いは、忘れもしない、小学4年生の時。
少年野球チームに所属していた俺は、
町営球場で先輩達の試合をスタンドの金網越しに観ていた。
その試合の中で、一人だけ背は低いが、
とても足が早く、守備の上手い奴がいた。
「誰だ、あれ」
「あれ、4年生だっつぞ」
同い年で試合に出てしかも活躍してる・・・すげえな・・・
そんな印象だった。
それから暫くして、林間学校で隣町の施設に行った。
その施設には隣の地区の小学校も来ており、
あの背は低いが、とても足が早く、守備の上手い奴も来ていた。
2校とも休み時間が同時になった時、自然と俺達はお互いを見つけ、話をした。
俺達が仲良くなるのに時間はかからなかった。
それから中学、高校で共に笑い、泣き、たくさんの時間を共有した。
高校を卒業後、それぞれ別の道を歩み、
そいつは山、俺は海と、新たな出会いにのめり込んでいった。
周りの同級生が次々と家庭を持っていく中、
それよりもいつしかお互いに、それぞれの道を極めよう、と
新たな目標も共有していた。
だから、電話やメールをあまりしなくても、
たまの電話の最初の「おう」の一言で、
そいつが今悩んでいるのか、絶好調なのか、
全て理解出来ていた。
出来ていると思っていた・・・
同級生2人の生存を確認したと、同じく故郷に入っていた友人から連絡を受けた時、
俺はホッとした。ホッとしたことに後悔が残る。
ホッとしたことで、とりあえずあいつは生きていたから大丈夫、と思ったことに後悔が残る。
あいつは無事だから何かのついでに会いに行こう。そう思い、引き続き親父はもとより、
親戚、友人、知人の安否も確認するため、今は無き町中を自転車で走り続けた。
数ある中の避難所で、そいつの同僚に、そいつは今どこにいるのか訪ねると、
決まって「いま物資を運んでいる。夜には寝にここに戻って来るよ」という回答が返ってきた。
“また次会えるか。” 都度そう思い、また町中を自転車で走り続けた。
3月22日(火)、
事態は一変した。
親父の安否がいくら探しても分からなかったため、
ひとまず当時拠点にしていた所に戻ることにした。
8時30分頃、拠点に戻る前に震災に関する資料を受け取るため、
仮役所のロビーのソファーに座っていた。
すると、前から一人の同級生がやってきた。
「おう」と声をかけるやいなや次の言葉が返ってきた。
「大変なことが起こった。 ~ が死んだ」
“え?この大変な時に何を言ってんだ”という思いと同時に、
“この大変な時に且つ死んだなんて嘘言うはずないよな”という思いも頭の中を駆け回り、
“でも信じたくない、嘘って言ってくれ”と思いながらも、
詳しい話を聞いていくうちに、信じざるをえなかった。
それから、その日の夕方、
そいつに会った。変わり果てたそいつに。
翌日、火葬に参列した。
みんな泣いていた。
あれから1年。
今、お前はどこで何をしているのだろう。
考えだすと、切りがない。
思い出すと、涙が止まらない。
お前は35歳でこの世を去った。
俺の誕生日の度にお前から必ず届いていたお祝いのメールが、
去年から、もう届くことはない。
10歳からともに過ごした25年間。すごく楽しかった。
初めて話して意気投合した日。
中2の祭りの夜店で、夜遅くまで遊んで背番号を2人で剥奪された日。
県大会で優勝し喜びに浸った日。
校内マラソン大会で、逆転優勝し、ガッツポーズでゴールした日。
地区駅伝で、25人抜きの新記録を樹立した日。
お互いが上手く接することが出来ず、上手く話すことが出来ず、少しギクシャクした日。
専北に勝ってガッツポーズした日。
成人式の2次会を成功させて、二人で熊ちゃんラーメンで乾杯した日。
レゲエスプラッシュで踊りまくった日。
尾崎ハウスに行こうとしたが計画倒れになった日。
朝まで飲み歩き、語った日。
雪山に撮影に行った日。
バカして、騒いで、ハイタッチした日々・・・
想い出は尽きない。
もう、頑張らなくていいぞ。
頑張らなくていいんだぞ。
ゆっくり休めよ。
ゆっくり休めよ。
苦しい時に、相談にのってやれなくてごめんな。
力になってやれなくてごめんな。
お前のこと、分かってるつもりだった。
何も分かってなくてごめんな。
ごめんな。
今まで、沢山の優しさをありがとう。
お前に教えてもらったことを、
俺は周りの人に還元していくから。
中学の時、お前が「これいいよ」って薦めてくれた、
サイモン&ガーファンクルの「明日に架ける橋」。
今度は俺からプレゼントすっから。
最後に、
今まで本当にありがとう。
もう少ししたら、俺もそっちに行ぐがら。
それまでの間、もう少し待ってでな。
次会ったら、今度こそはダブルデートすっぺし。
そして、お互いに結婚式の友人代表挨拶すっぺし。
約束だぞ。
俺はお前に出会えて幸せだぞ。
ありがとうな。
次に会うまで。
さようなら。
http://www.youtube.com/watch?v=5h8o29jF7K4









