この春休み、
二十歳の息子と二人で
実家に行きました。

一人暮らしの
母の手伝いなどあり
バタバタと走り回りながら
おしゃべりも、する、私。

かたや、息子は
食べるだけ食べたら
ゴロリ。

やっぱり
この床材は全然
安心感や快適性が
違うねぇと🍀

要するに
昼寝。

それで。
バタバタバスに
乗り遅れないように
ギリギリ秒単位並に
用事を済ませて

いざ、帰る前に

あ、
お父さんの
お仏壇に、手を合わせよう
と、わたしが
飛んでいくと。

その前に静かに正座して
父の写真を見ている。

あぁ、
美しい所作だなぁと、
感動しました。

所作というのは、
作す所に心があること。

言われたから
やりャーいんだろーって

怒りや、投げやりな

心では美しくないのです。


そして、それは、
直接言って直る場合もあるかも
しれないけれど、

なかなかそんなことも、なくて。

小さな苗を育てるように
静かに見守り、水をやり
加減しながら、伝えて
本人の内側から伸びるのを
育んでいく。

挨拶の所作
謝罪の所作
依頼の所作
感謝の所作

そういうのが
未来の関係性を育んでいく。

もはや、新芽として
自分を生きるのではなく。

土くれとして、
次の世代を育む。

時として
自分より上の世代も
育んでいく。

最近、年寄りだって
礼儀を知らない人が
多すぎる。時には

不動明王のように
目上に喝を入れることも

半眼で見ないことにして
自覚を待つことも。

一人一人が
自らの場で美しく
ありたいものです。

今朝投稿したように、

オレばっかりが苦しくて、

アイツら何もしないって


そんな心の時は


なぜ素直に助けてと

言えないのだろう

そこには、

信頼関係を

作ろうとする志や


皆が成長しようという

心があるのだろうか?


オレばっかり苦しくて

という、その言葉の裏に


アイツらはできない奴で

オレだけができる奴っていう

自負に執着し、世界全体の


穏やかな底上げをしようという

心がけが、足りないのではないか?


周りの人が素直にすぐ

駆けつけるような

ヘルプコールを発信する所作。

それもまた、大切な才能だなぁ。


そんな人が

増えると良いなぁと、思う春の日でした❤️


長文を読んでくれて

有難うございました!


envisionスピリチュアル✳︎

えだしげこ