大して書くこと無いですが、とりあえず、記録として。
海沿い親戚(南三陸)に電気通ったので、電気ケトル持ってったらお湯が使えるようになった!
改めて、電気の有り難さ実感します。
先週日曜日、サイクリング予定でしたが、変更でした。
で、石巻市の雄勝町に行ってきました。
よく行っているショットバーのマスターに誘われ、バーのお客さんの実家が雄勝町にあり、納屋が奇跡的に津波に流されず、片付ければ寝泊りが出来るとの事で、その手伝いに行ってきました。
他の津波被害にあった地域にも何度か物資を届けに行っていましたが、雄勝町は衝撃的でした。
雄勝はTVで頻繁に流れているあの場所です。
表現する、言葉がありません。
お手伝いするのに行ったお宅は、集落ではもっとも山沿いにあり、2階まで波に飲まれたけれど、持っていかれないで残ったけれど、土台がずれているし、車が2台のしかかっていてもう住めないとのことでした。
納屋は2階建てで10畳ほどの広さ、もちろん津波にあっていますが、土台と柱が生きていて、2階には畳も張ってある立派なものでした。
片付ける納屋は、入り口に軽トラックが流されて入り込み、その撤去からはじめました。
男4人がかりで何とかジャッキやら鉄の棒をテコにして動かしましたが、動きません。
そこに、車の持ち主が現れて、5人掛りで何とか移動に成功しました。
さすがに持ち主だと荒っぽく扱え、「壊して良いから、とにがくどがさい(とにかくどかしなさい)」の一言で思い切りが増したってのもあります。
この作業で1時間。
次に、1階の荷物をすべて外に出す作業でした。
1階にあったのは、
自家製味噌・しょうゆ、たんす、仏壇、冷凍庫、などなどです。
特に苦労したのは
自家製味噌・しょうゆ。樽に作ってあって、樽には海水が入って悪くなっていますし、重い!
4人がかりでくるくる回して外に出しました。
そして、もっとも大変だったのが、冷凍庫でした。
海に近いうちによくある、魚介専用の冷凍庫なんですが、
海水をかぶり、電気も当然通っていないので、中身は腐っていました。
それを知らずに移動しようとした時、斜めになるとそこから、糸を引く液体がダラ~と……
臭いを一瞬かいだだけでも、吐いてしまうんじゃないかという臭いです……
なかの液体をかぶらないように、慎重に慎重に運んだのは想像つくと思います。
ここまでやって、いったんお昼休憩です。
物が買えない地域なので、手伝いチームで先方の方々の分もおにぎりを買っていったのですが、先方でも我々の分もご飯を用意してくれていて、た~~っぷりのお昼になりました。
なんか、そんなの暖かさって素敵です。
お昼の後には、納屋の2階の畳をすべて運び出し、たんすと仏壇を2階に運び上げ、1階の水洗いをして終了でした。
水は出ていなかったので、仙台から150リットル持っていった真水です。
とりとめも無く書きましたが、こんな作業をしてきました。
作業が終了して、帰るときになったら、手伝ってくれた御礼にということで、裏山で採ったばかりのたけのこ24本持たせてくれました。
大変な時なのに、わざわざそんなことをしてくれるあったかさに感謝でした。
「ゆっくりあせらずやっからよ、元にもどってきたら、またお茶っこ飲みさ来い」ですって。
ぜひそうさせてもらいます。
いただいた筍は手伝いチームでわけ、それでもそれでも、まだまだあるので、近所に配り、我が家では、刺身にして食いました。
それから、不謹慎だと思っていままで被災地の写真は撮っていなかったのですが、状況を伝えたくて、1枚だけ撮ってきました。
左側がすべて住宅地だった場所、右側が屋上まで水に飲まれた病院です。
この場所は、まだ写真に収めても良いかと思えるましな場所です。
最後に、今回一緒に手伝いに向かった人たちについて書いておきます。
一人は、仙台市内でコジャレたショットバーを営む、飲み屋のマスター。
日中は避難所に支援物資を届け、夜はしっかり営業をしています。
当日も1時間しか寝ていないけど『困っている人がいるんだからやれることやるんだ』と奮闘しています。
お願いだから倒れないで下さい。
もう一人は、津波で家も仕事も流されて自分も大変なのに、それでも誰かの役にたつために奮闘中な口数の少ない、ナイスガイです。
周りにこんな人がいて、とても誇らしく思います。