mi-&ha-のブログ

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ワクワクの「受け売り」ブログ

世界の片隅で。

生きてく中で、
実は、


私はこんな言葉や文章、歌詞やポエムに
感動したり、励まされてるんだけど、
他の人の胸にはどう響くのだろう?


幼稚かも?絵空事に聞こえるかな?


でも、
もしかしたら、
楽しくなったり、元気が湧いたりしてもらえるかも?
そうなったらいいな、と
書き始めたブログです♪

「何かで読んだ」!「見た」!
そんな「受け売り」ブログです。w


が、
「人は亡くなって、あの世に持って行けるものは
魂の感動の記憶だけ」
だっていう文章を読んだ時に、
なんだか一人だけで「悦」にいっているのが「虚しく」
なってきちゃいました。
「発信したく」なちゃいましたっ! w 
Amebaでブログを始めよう!




こんばんわー





今日は短いです (-^□^-) 








健康について日頃の私の考えと、

「あっ!同じだ!」と思い

書き出してみたくなりました 










*** 9日間”プラスのこと”だけ考えると

    人生が変わる








*** ウエイン W ダイアー 

    山川 紘矢(こうや) 山川亜希子 訳







*** 王様文庫








*** P102~






== あなたの思考のあり方が




   体の健康状態に




   反映されます、それは




   食事制限や運動と同じほどの




   効果を持っているのです
















===== 感想 =====



まさしく~


『病は気から』!!







         らぶ&はぐ       みー&はー 
    











日本のみなさま、月曜日の朝~


おはようございます (^_-)☆ 



お目覚め、ご気分いかがでしたか?
今日から始まる1週間も、心残りなく過ごせますよう~に












はてさて、ここのところ同じ本のご紹介が

続いていますが、今日も、もう一回いいいでしょうか?

よろしくお願いしますー 


















*** 感情を出した方が好かれる







*** 加藤 諦三 (たいぞう)







*** 知的生き方文庫 






*** P34~




== 完全主義の人は無駄を嫌う



   しかし、かえって無駄が多い



   それはものごとをすべて「かたち」でみるから


   相手の心をとらえていない















== 失敗は、対処のしかたで、ただの失敗にも

   より大きな成功へのステップにもなる






   完全主義の人はどちらかというと

   失敗を失敗にし、無駄を無駄にする

   なぜかというと

   生きるバイタリティーがないからである








   悲観論者はダイアモンド

   (=素敵な自分)に

   気つ”けない 















== 完全主義の人は泥を掘ってダイアモンドを

   探す、その泥を掘るのは無駄だと思っている








   「またしても泥ばっかりか、、、」とがっかりする

   そして焦る。

   焦る事で疲れる。燃え尽きタイプである。














== それに対して 


   「こころ」を大切にするタイプは

   実は泥をほっているのではなく


   夢を掘っているのである



















== 

   泥は「無駄」にもなるし「夢」にもなる 



   それは掘る人の生きる姿勢 













== 泥の中に夢を見る人は


   泥を掘りながらも


   心がときめく、そして、ゆとりがある







== 反対に泥を掘りながら失望する人には


   この心のゆとりがない 













   無駄を無駄と感じない人は


   生きるエネルギーがあふれている人だと思う


   たくましいのだ。





   





   完全主義のひとは

   生きるエネルギーが発散できずに

   よどんでしまっていて

   生きるたくましさがない























===== 感想 =====



いかがでしたか?。。。






私のイメージの完璧主義者は「無駄を省く」
無駄を嫌うという著者と同じです、が、



まさか、「生きる活力」が乏しい人という
発想はなく、なるほど!! とその視点に
目から鱗な思いがしました ーー  










そして、なぜ、どうして、
完全主義者のたゆまぬ努力と工夫が
往々にして他者に虚しく映るのか?



といゆ私の長年の「疑問」を見事に
解決して下さいました!!      








「「ガッテン」」しましたー  w
ほんとにスッキリ、シャッキリした思いに
感謝です 
気持ちいいんですよねー (-^□^-)
この「腑に落ちた」感が!!  w 





まさに私の「ツボ」です「ツボ!」w












だってだって、ですよ、、、

「気分がいい」って大事だとおもいませんか!?!

多分、

日々、生きてく生活、日常の中で

多分一番大事な感情 !?! 









   微笑んでいられる「素」
    おおらかでいられる「元」
    心身共に健やかでいられる「基」








愛がなくても
お金がなくても
お暇がなくても
友達いなくても
体力なくても
運が、才能が、努力が、
なんちゃらかんちゃらその他諸々が(w)
足りてなくても











気持ちよく過ごす為に何ができるかな?。。。
工夫してみよう~ ?!? ねっ!?! 




(^з^)-☆Chu!!   



        らぶ&はぐ        みー&はー   







こんばんわー





今日も昨日の続編で、お願いしますー






ほんとにね、どこのページを開いても
お役立ち情報満載!!

自分自身と人間関係に思い当たるフシが必ず
浮かんできて読み応え満載!!











*** 感情を出した方が好かれる







*** 加藤 諦三






*** 知的生き方文庫





*** P 186~




== 自分の内側の


 わがまま、自己中心性、

 忍耐力のなさ、怨恨、不安


   などに正面から向き合うことが

   修羅場である。それを避けて努力しているのが

   よい子である。だからどんなに努力しても

   人生は開けてこないのである。









== よい子は努力するが、その子を動かしているのは

   不安である










== 気力と思われていたのは

   不安の仮面にしかすぎない、本当のたくましさが

   ない。









== ほんとうのたくましさとは

   逆境にへこたれない心








== たくましさのない人は、不安から努力し

   頑張って消耗すれば燃え尽きるしかない

== あとに残るのは

   情緒的未成熟 

   わがまま、恨み、自己中心性、忍耐力のなさ、
 
   無気力である 












== 一つひとつに後始末をつける、それが弱い人には

   できない。後始末とはいやなことでもきちんとすると

   いうことである。




== 人が喜びそうなことばかりして、皆にいい顔を

   することではない、修羅場から逃げることは

   責任をとる場面から逃げるということである 












== シーベリーは


 トラブルは運命の強壮剤である


   と言っている。













== トラブルは私たちの性質にある卑しさを

   焼き払ってくれるという。






== このトラブルを修羅場という言葉に変えてみれば

   よくわかる。




== シーベルトは「そして、トラブルは人格的成長の

   妨げになっていた力を取り除いてくれる」とも

   述べている













===== 感想 =====


このあとピーターパン、シンドロームの著作へと

お話は進んで行きますが、しかし根本のテーマは

修羅場から逃げない、逃げ続けることでツケがやがて

くると。。。














=== P203~

冷たい偽善に満ちた「幸福な家庭」の悪影響は
子どもの心に現れる、それがピーターパンである。
これまた、修羅場を避けたうえでの真面目、勤勉、
正直なのである。







=== P201~

大喧嘩はしない、どたばたはない。正面からぶつからない
自分が本当に思っていることを正面からぶつけ合わない。
修羅場が怖いから避けるー
離婚覚悟でぶつかるのが修羅場である。





大きな衝突はない、しかし心の交流もない。
お互いに用心深く相手に自分の実際の感情を
隠して、そのうえでうまくやっている。
むしろ遠い外の人に対してのほうが自分を出せる
そして、家は団らんの場になっていない 











===== 感想のつもりが、ついつい

お伝えしたい、共感してもらいたい、と強く思う箇所

が多く、結果たくさん本から書き出してしまいました











完璧な人がいないように、完璧な健康状態やら

完璧な家庭や、完璧な国、なんてないんですよね

。。。












始めから「完全無欠」は無理なのではなかと思うし、

そこを目指すのもなんだか違うような気がしますが、、、

どうでしょう?


ただ、

このような心理作用や、心理状況を知る事で

(=第三者の目になり分析することが出来る、そのことにより)

気持ちに整理がついたり、改めていけたり、あるいは

気持ちの救いになったりするのではないでしょうか。。。






迷いの森で見つけた地図のように。。。  










そしてそして、
「修羅場経験」からによる
悲しい記憶があるのなら
(世の中、修羅場の無い人はまず居ないですよね?!?)




『いやいや、それがあっての成長だよ
 
 へこたれるな、偉かったじゃないか!
 
 キミは逃げなかったんだ、ちゃんと向き合い
 
 キリをつけたのだよーー』 と

 慰められた想いがこみ上げて来て

 少し泣けたーー        w 
        




           らぶ&はぐ    みー&はー