「発表会は"白雪姫"をします。」
「白雪姫をやりたい人!」
それはもう女の子全員が手を挙げた。幼い私も、もちろんその1人だ。目立つことが大好きで、セリフを覚えたり、演技をするのは子供ながらに得意だったと思う。
けれどふとその時思ったのだ。
「ブスな自分が白雪姫なんてやっていいのか?」
「なーちゃん(その頃自分をあだ名で読んでいた)、やっぱり魔女にする」
何十年経った今でもその瞬間を鮮明に覚えている。
自分の中の自尊心がポロリと欠けた瞬間だ。
後に母親から聞いた話では、私が魔女をやると言い始めてから、じゃあ私も、と役を譲ってくれる子が出てきたことで、役決めがスムーズに終わった、と先生に感謝されたらしい。
意外と私でも役に立つところはあるようだ。
元々目鼻立ちがしっかりしていて、可愛かった妹は更に可愛さを増していたし、その可愛らしさに自分が劣っているとわかり始めた頃だ。
私は。
妹は誕生日が近かったから"特別に"特賞を貰っていた。
結果が発表されるときに司会の人がそう言っていたから、恐らくそうなのだろうが…、
幼い私は「やっぱり妹のほうが可愛いから表彰されたんだ。なーちゃんは可愛くないから何も貰えなかったんだ。」と更に自分の醜い容姿を恨むようになった。
年長の頃に引越しをした。
近くには同じ年頃の子供も多く、中でも1つ上の階に住んでいた同じ歳の女の子とは直ぐに友達となった。
まぁ、実はこの子も後々、中々の問題児となるのだが、それはまた別に書くとして。
その子をKちゃんとすると、Kちゃんも目鼻立ちがハッキリしており、私からすると十分に可愛い女の子だった。それが更に自分を苦しめた。
小学校に入ってすぐ、自己紹介などで使う写真を撮った。
小学校で児童の写真を撮ることなんて良くある事だ。
渡された写真を見て思った。
なんて醜い顔なんだろう。
気がついたら、自分の写真を持っていたハサミで切り刻んでいた。先生が凄く驚いていて、驚きと同時に「なんでこんなことするの!?」と、怒ったと思う。「だって、ブスだから。なんでこんなにブスなんだろう」私はいつの間にか泣いていた。泣きながら自分の写真を切る手を止められなかった。
「なんで生まれてきてしまったんだろう」
だ。
それから成長していくに連れて、自分の容姿に対する感情は良くも悪くも変わらなかった。
ブスだから、周りの方が可愛いから、何をしても無駄。
可愛くなる努力すらせず、鏡を見ることもなく、髪も櫛などいれたことはなかった。
写真は大嫌いで、自分から写真を撮られに行くようなことはなかったし、卒業アルバムの写真撮影が何より苦痛だった。
卒業アルバムは開けていない。
今でも自分の顔を見て、ブスだな、醜いなって思う。
好きにはなれそうにない。今までも、これからも。
だって美人なだけで、いい思いしてる人いっぱいいるじゃん。羨ましい。
でも、整形するお金なんてない。
けれど何とか生きてる。
多分コスプレに出会ったから。
今私の画像フォルダには、自分の写真が沢山ある。
どれもコスプレした写真だけど。
その中の私だけは、何となく誇らしそうな顔をしている。
だからもっと写真の中では誇らしくいられるように、今日もまた、綺麗になる努力をして、メイクを磨いて、変われるようになりたい。やっと、そう思えるようになった。
だから私は今も必死に生きている。
先生のそのセリフから役決めが始まった。
4歳秋頃の発表会の準備が始まる。
うちの幼稚園は先生が役を決めるのでなく、園児達で立候補して役を決めていたのだ。みんなに役が行き渡るよう、白雪姫は5人魔女も5人といった形で、役を1人にしないという先生なりの配慮があった。「白雪姫をやりたい人!」
それはもう女の子全員が手を挙げた。幼い私も、もちろんその1人だ。目立つことが大好きで、セリフを覚えたり、演技をするのは子供ながらに得意だったと思う。
けれどふとその時思ったのだ。
「ブスな自分が白雪姫なんてやっていいのか?」
そう思った時、誰1人として手を挙げず、全く人気のなかった魔女役と自分が重なった。
「なーちゃん(その頃自分をあだ名で読んでいた)、やっぱり魔女にする」
何十年経った今でもその瞬間を鮮明に覚えている。
自分の中の自尊心がポロリと欠けた瞬間だ。
後に母親から聞いた話では、私が魔女をやると言い始めてから、じゃあ私も、と役を譲ってくれる子が出てきたことで、役決めがスムーズに終わった、と先生に感謝されたらしい。
意外と私でも役に立つところはあるようだ。
その1年後くらいだった。
祖母の職場の近くで「浴衣コンテスト」があった。元々目鼻立ちがしっかりしていて、可愛かった妹は更に可愛さを増していたし、その可愛らしさに自分が劣っているとわかり始めた頃だ。
妹と色違いで、蜻蛉の愛らしい絵が散りばめられた浴衣を着てステージに上がった。このコンテストはあくまで「浴衣の可愛らしさ」を評価するコンテストだと聞かされていたが、ステージにあがることには何ら変わりないし、自分を精一杯アピールしたと思う。結果、何かしらの賞に選ばれることはもちろんなかった。
私は。
妹は誕生日が近かったから"特別に"特賞を貰っていた。
結果が発表されるときに司会の人がそう言っていたから、恐らくそうなのだろうが…、
幼い私は「やっぱり妹のほうが可愛いから表彰されたんだ。なーちゃんは可愛くないから何も貰えなかったんだ。」と更に自分の醜い容姿を恨むようになった。
年長の頃に引越しをした。
近くには同じ年頃の子供も多く、中でも1つ上の階に住んでいた同じ歳の女の子とは直ぐに友達となった。
まぁ、実はこの子も後々、中々の問題児となるのだが、それはまた別に書くとして。
その子をKちゃんとすると、Kちゃんも目鼻立ちがハッキリしており、私からすると十分に可愛い女の子だった。それが更に自分を苦しめた。
小学校に入ってすぐ、自己紹介などで使う写真を撮った。
小学校で児童の写真を撮ることなんて良くある事だ。
渡された写真を見て思った。
なんて醜い顔なんだろう。
気がついたら、自分の写真を持っていたハサミで切り刻んでいた。先生が凄く驚いていて、驚きと同時に「なんでこんなことするの!?」と、怒ったと思う。「だって、ブスだから。なんでこんなにブスなんだろう」私はいつの間にか泣いていた。泣きながら自分の写真を切る手を止められなかった。
その時初めて芽生えた気持ちが、
「なんで生まれてきてしまったんだろう」
だ。
小学校に入って間もない6歳の時点で生まれてきたたことを後悔し、更に消えてしまいたい、死んでしまいたい。そう思った。
それから成長していくに連れて、自分の容姿に対する感情は良くも悪くも変わらなかった。
ブスだから、周りの方が可愛いから、何をしても無駄。
可愛くなる努力すらせず、鏡を見ることもなく、髪も櫛などいれたことはなかった。
そういえば、3年生のころに美容院に行った時、自分がどうなりたいとも言わなかったせいでまるちゃんカットになったことがあったような。正直どうでもよかったのだが、優しい叔母は直ぐに近くの美容院に連れて行ってくれて、スタイリッシュなショートに切り直してもらった。叔母には感謝しているが、あれはなかなかに傑作だった。
写真は大嫌いで、自分から写真を撮られに行くようなことはなかったし、卒業アルバムの写真撮影が何より苦痛だった。
卒業アルバムは開けていない。
今でも自分の顔を見て、ブスだな、醜いなって思う。
好きにはなれそうにない。今までも、これからも。
だって美人なだけで、いい思いしてる人いっぱいいるじゃん。羨ましい。
でも、整形するお金なんてない。
けれど何とか生きてる。
多分コスプレに出会ったから。
自分の好きなキャラクターと同じ服を着られるだけで楽しかった。ウィッグをつけるだけで、なんとなくキャラクターに近づけた気がした。拙いメイクをするだけで、目鼻立ちがくっきりしたように思えた。写真の加工技術って素晴らしいもので、顎のラインまで綺麗にしてくれる。
今私の画像フォルダには、自分の写真が沢山ある。
どれもコスプレした写真だけど。
その中の私だけは、何となく誇らしそうな顔をしている。
だからもっと写真の中では誇らしくいられるように、今日もまた、綺麗になる努力をして、メイクを磨いて、変われるようになりたい。やっと、そう思えるようになった。
だから私は今も必死に生きている。