小学1年生で脳梗塞 もやもや病を発症
術後は思い通りに出来ないので、文字を書く事も嫌がり鉛筆を投げていた
1年くらいかけて普通の生活に戻り、小学3年生から徐々に学力が上がってきた
塾の最上位クラスへのテストを受けてみたらクラスアップする事が出来た
4年生からの受験コースへ向けて、新小4春季講習から最上位クラスへ移動
春季講習始まって2日目でSLEを発症
それから、ステロイドパルス療法のための長期入院
小4の1学期はほとんど学校へ行けなかった
塾は続けていたが、本格的に受験勉強が始まる冬季講習前には公立コースへ移動させた
難病の子供に受験勉強なんて無理
生きていてくれたらそれで良い
病気で辛い思いしているんだから、楽に生きてほしい
そう思っていたからだ
でも、それから1年後娘の方から受験をしたいとお願いされた
旦那は大反対
私も不安だった 絶対に無理しない約束で始めた
受験勉強が始まると私は夢中になってしまった
無理をすると体調が悪くなる娘の身体が歯がゆかった
「あとちょっと」
だけど、その無理が出来ない
秋を過ぎた頃からは体調不良になるラインがはっきりと見えてきたので、体調管理が上手くなったと思う
娘にとって勉強はスポーツと同じ
辛い練習をして、テストで良い成績をとるのはスポーツの試合で勝つのと同じ感覚
この1年
病気の子供にこんな事をさせている自分はひどい親なのか? 本当にこんな事をさせるべきなのか?
何度も何度も悩むタイミングがあった
周りからは
「病気なのに受験なんて…」
と色々な人から言われた
でも、その度に娘は
「私がしたくてしている事 受験勉強してからの生活の方がダラダラするより楽しい」
と言ってくれた
「ただ生きてくれたら良い」
それは私達 親だけの感情だったと思う
旦那は心配性で私よりも厳しく娘の行動をかなり制限していた
でも、病気だって娘の人生がある
以前のように全てを手助けして、大事に大事に行動を制限されていたら娘はいつか苦しくてたまらなくなっていたと思う
受験勉強を通して、初めての経験もたくさんした
子供だけで電車で遠くまで行くようになったことで私も娘から手を離せるようになった
娘も悔しかったり、辛かったり、嬉しかったり
本気で努力したからこそ感じられた経験がある
きっと私には言っていないような色々な感情があったと思う
この1年で泣き虫で私がいないと不安な顔をしていた娘は大きく成長した。
入試の日も一度も私を振り返ることなく会場に入って行った
本当に強くなった
少し寂しいくらいに強くなった
病気があると心配から子供の挑戦を止めたくなる
でも、やっぱり子供の人生だから以前の我が家のように何でも制限するのは間違い
病気をコントロールしながら、少しでもその子の望む人生に近づくようにサポートすることが親の役割だと思う
中学生になった娘が何をしたいと言い出すかまだわからないけど、あと数年は彼女のサポーターをしよう
そして、少しずつ自分だけで人生を歩めるようになってくれればと思います
長くなりましたが、この1年めちゃくちゃ悩んだけどやっぱり中学受験して最高に良かったです!
「難病 中学受験」
と検索しても何も情報を得ることが出来なかったので、誰かがこのブログを読んでくれたらと思います