勤務先が、認知症対応型居宅施設介護とゆうタイプの介護施設、

 

簡単に言えば、本来なら自宅でご家族と共にくらしたいけれども、

 

ご家族が介護することに限界になり、

認知症を抱えたお年寄りがそもそもの暮らしを継続するために

住む場所を介護施設に変えた場所。

 

だから、

施設の暮らしが始まる前に、

マッサージを受ける事を習慣にしていた方は、

マッサージ師さんが、来設してマッサージしていたりする。

 

そのマッサージ師さんと、僕との話、

 

認知症も、人によっては、

声を出す事が難しくなる場合がある、

 

言葉そのものの理解が難しくなる場合と、

言葉は理解できるが、声を出す事が難しくなり、

声でコミュニケーションができなくなる場合(構音性発語障害)がある。

 

あるお年寄り、

なるべく健康に長生きして欲しい。

 

そんなご家族の願いから、認知症の症状を緩和する薬を

毎日服用していた。

 

記憶力が減ってくる事を抑える薬なんだれど、

副作用として、眠気、だるさ、がでる。

 

あるきっかけで、

薬をやめる事になって、

 

日中も意識がはっきりしていることが

多くなってきた。

 

視線があったり、うなずいたり意思表示をされることが多くなってきた、

 

でも、

 

気持ちを声にすることが、難しく、

かすかに表情となることが、おおく、

人によっては、どうも解らないらしい。

 

僕は、薬を毎日服用しているときから、

かすかに、意思表示されている気配を感じていた。

 

薬を毎日服用している時に、

 

ぼくは、排泄介助の時に、

「もう少し頑張りたいですか?」

「もうやめますか?」

止めたいなら、僕の手をにぎってください。。。

 

って、聞いていただんだけれど、

 

 

時間がかかって、

 

短時間で介助を終わらせることが絶対と思っている先輩からは、

 

『あの人、何しているの遅いわねっ』

なんていわれいるよ~

 

て声が聞こえてきていたりするけれど、

なんか諦めきれずに、そうしていた。

ちなみに、人事考課の査定は低いです。

 

で、

認知症の症状が進む事を遅らせる薬をやめる事になり、

副作用の眠気、だるさが無くなってきたタイミングで

 

 

介護福祉士の試験準備のために、

介護技術研修を受けた。

 

ヘルパー2級で受講した、内容と同じ事もあったけれど、

1年経って、確実に役に立っている事がある。

 

排泄、更衣、などの介助に入るときの声かけのあり方とやり方。

 

それまでは、

「○○していいですか?」

 

だったけれど、この言い方は、やわらなか命令だそうです。

そして、習ったのは、

 

「私が○○したいんだけれど、

いいいですか?」

 

声をかけた相手に決定する権限があり、

敬意をはらうコミュニケーション。

 

 

これを、毎日の仕事の中で使ってみた。

 

 

ことばの、

内容はどこまでつたわっているか?疑問も持ちながら、

 

でも、

言葉の雰囲気から伝わっていることは、きっとあるだろうと

思いながら。

 

続けていると、

そのお年寄りが、頷いたり指差したりして、

返事をしてくれるようになった。

 

その人の、したい事が、僕にもわかり、

手伝えるようになってきた。

 

そして、ぼくとそのお年寄りにとっては、

それが当たり前になっていた。

 

で、あるとき気が付いた。

他の職員とは、当たり前でないなーと。

 

で、その事に気が付いてくれた、同僚がいた。

 

あるとき、

入浴介助後に、そのお年寄りのお部屋へ、おつれして、

浴後にジュースを飲んでいていただていた。

 

そこに、マッサージ師の方がこられた、そのとき、そのお年寄りは、車イスに座っていた。

 

僕が、

「マッサージの時間なので、ベッドに横になって欲しいんだけれど、いいですか?」

「一緒に立って欲しいんだけれど、いいですか?」

「腰を前にずらしたいけれど。いいですか?」

「膝に力を入れて欲しいだけれど、いいですか?」

「お辞儀するように頭をさげてほしいんだけれど、いいですか?」

「1、2、3、で立ちましょう、1、2、3」

 

と声かけをしたいた。

 

ぼくとしては、

普通に声をかけていて、

お年寄りは、声をかけるたびに頷いてくれていた。

 

その様子をみて、

 

そのマッサージ師さんが、驚いていたようで、

 

後日、

僕に話しかけてきた。

 

どうしたら、そんな風にコミュニケーションができるの?

 

「基本的な事を、ただただ、しているだけです」

 

そう答えた。

 

いぶかしげな表情をしているので、

「私が○○したいんだけれど、いいですか」

 

のフレーズと、誰もが人生の主人公で、

お年寄りが決める事が大切。

 

介護者は、その機会を常に作る事が大切。

 

そのため言葉が。

「私が○○したいんだけれど、いいですか」

 

許可を求めることを常に意識している、と伝えた。

 

数日後、

マッサージ師の方が、ニコニコして僕に挨拶をしてくれた。

僕に、こう言った。

「あたなの言う通りにしてみたら。

そのお年寄りが、微笑み返してくれたの・・・・」

 

ワクワク感、充実感が伝わってくる。

このマッサージ師さんの仕事人生の充実感に

花が咲くきっかけになったなって、おもった。

 

そして、

したい事をしていれば、いつか誰かの役に立つ事があるんだ。

価値がある事なんだ。

 

僕の人事査定に影響力がある先輩・上司の方針は方針として、

それに、こびることはない。

 

排泄介助の時に

薬で眠気、だるさがあって、ほぼ返事が返ってくることが無いと

いわれているお年寄りに、言葉をかけていた事が、今につながっている。

 

認知症を抱え、今どこにいるのか?時間はいつなのか?なぜ目の前のひとは自分に声をかけているのか?

認知できないような、状態であっても、

健康な日常を過ごしている人であっても

 

「本当はどうしたい?」を受け止めて、

その人が、その人らしく生きる事と一緒にいることがしたいんだと。