白梅の碑を訪問し、地元のおじいから貴重な当時の話を聞く事ができた。

やはり、現場現物を確認しないと、自分自身で納得できるものは、生まれてこない事を

痛感した。 前回のブログにも記したが、現存しているガマの中に入る事によって

強烈な絶望感に陥る事になる。

日の光は入らず、唯一入り口付近から強烈な光のみ、差し込んでくるだけだし、

いつ、敵兵が襲ってくるかも分からない、絶望的な状況下において、優しい日の光

を感じる余裕など、全くなかったであろうと想像がつく。

まったくもって無念!・・涙が溢れてしかたなかった。

俺にできることは、静かに手を合わせて、祈ることした、その時の自分には

思いつかなかった。

ガマを出ると、風の音だけが静かに聞こえ、うららかな日差しに包まれた。

何かを伝えようとしていたのか? 今の俺には分からないが、何かが変わっていくような

感じで、絶望感は消えていた。

さて、白梅の塔を後にして、彼女らが彷徨いあるいたであろう周辺を散策したところ、

50mあたりに、山形の塔という慰霊碑を見つけた。

おじぃに聞いたところ、この付近の防衛に山形歩兵師団が駐留していて、そのガマがある

事を聞かされた。(山形の碑は、ガイドブックにまったく記載なし)

ガマには、落盤の危険があるため立ち入ることができなかったが、白梅の塔の近くにも

たくさんのガマが、存在していて、尊い命が亡くなった事を知った。

沖縄には、そういった無数のガマが、今もなお存在していて、俺たちに語りかけていることを、

知った。 機会があったら・・いや、どんどん自分から訪れようと、心に誓った一時だった。


拝 ちゃん太郎

白梅の塔周辺