ご存知の方も多いと思いますが、

幼い頃、両手両足を失った中村久子さん。


亡くなった後、久子さんは自らの希望で献体されました。解剖した医師は、その傷みきった身体を見て、「この身体で72年間生き抜いたのか」と涙を流したと伝えられています。




神紫月あゆです!




私が甘えた人生を送ってきたから反省したとか

ではなく💦

(もちろん、それもありますが)


私は今ある生かされている私の身体と精神以上に

生きているだろうか 


と、考えました。

いつも、「自分は自分」と頭ではわかりつつ、つい、人と比べて萎縮していたんだな。

と、あらためて思ったのです。

他人ばかり見ていては自分は見えない。

もちろん、周りと比べて自分の位置をはかるのは人の性でしかたないです。


でも、無意識にいつも足りない自分を情けなく思って、自分が満足する自分などない状態でした。


自分を見てない状態では

生かされている価値ある自分以上に生きられないですよね。






中村久子さん

略歴⬇️

1897年に岐阜県高山市で生まれました。

3歳のとき、凍傷が原因で発症した特発性脱疽(だっそ)により、両手両足を失いました。しかし、祖母から学問を、母から裁縫を学び、口や残った腕を使って針仕事や書道などを身につけます。

19歳で自立のため見世物一座に入り、「だるま娘」として全国や朝鮮・満州などを巡業しました。その後は芸人を引退し、自らの体験をもとに全国で講演活動を行い、多くの人々に「生きる力」や「命の尊さ」を伝えました。1937年と1948年にはヘレン・ケラーとも会見しています。

晩年は高山市障害者福祉会の初代会長を務め、障害者福祉の発展にも尽力しました。主な著書に『宿命に勝つ』『無形の手と足』『私の越えて来た道』などがあり、1968年に70歳で亡くなりました。




私はさほど苦労してないから

みんなの興味をひくような話題もない。

気まぐれのように歌や寸劇の動画をあげるだけで強烈な個性もない。


癌は経験したけど、今は通常通りに生活してるから

特に苦労という思いもない💦



でも

いいんです。


中村久子さんのように

最大限、自分を生かすしかないんです。

苦労の度合いはまったく違いますが。


のほほんと生きてきたなら

のほほんなりに最大限自分を生かすこと。



自分には何もないと思ったら…

そう考えれば

少しラクな気持ちになりませんか?





自分は価値が低いと思ってるひとは

たぶん

アウトプットが足りないのだと思います。


知識をインプットするのではなく、相手を鏡にして自分を知ることから始まるのです。



私にお話ししてみませんか?⬇️