彼が見繕った洋服は私にぴったりで、シンプルな黒のワンピースと、綺麗な装飾が施されたボレロ…的なものだった。
「おー、着替え終わったか。うん、似合う似合う」
「ミューオ様に言われてもあんまり嬉しくないですね…」
「あ?」
「何でもないです」
あまり戦闘しやすそうでは無いけれど、私の好みだったからいいか。
「テルネ、こっちの椅子に座ってくれるか」
私は言われた通りにソファーに身を沈めた。ソファーは今ここで寝られそうなくらいふかふかで、思わず舟を漕ぎそうになったのは彼にいわないでおこう。ミューオ様はコーヒーを2人分持ってきて、私の向かいにあるソファーに体を委ねる。
「連戦状態になってしまい申し訳なく思っている。しかし、この依頼は断れない人からの頼みだからな…。お前にしか出来ないような、難しい仕事だ。…出来るか?」
「大丈夫、だと思います」
「良かった。じゃあ、説明するぞ?今回消してきて欲しい標的は…これくらいの人数だ」
彼は左手の人差し指だけを立て、開いた右手に添えた。
「1人?」
「違う!どっからみても6だろこれは!」
「背景に紛れて指が見えにくい」
「目悪すぎじゃないのか?」
「…」

6人…今までの中で一番人数が多いな…。
「で、どんな人達なんですか?」目の悪いことをストレートに言われてしまった私が尋ねると、彼は笑顔を消してこう言った。

「ーーーー逆巻家の奴等だ」

「逆巻…?逆巻って、ヴァンパイア六人兄弟の?」
「そうだ。ある人から、『消してほしい』って言われた。人員は幾らでも増やす、だからテルネ、頼む…!」
ヴァンパイアを相手にするというあまりの大役に冷や汗が滲む。でも両手を包み込むように握られて、そんな縋るような目をされたら断れないじゃない。
そういうもんでしょ?
「12人だけでいい。12人、防御に優れた魔女を寄越してくれると嬉しい」
「テルネ…」
「さっさと片付けて寝たいから、本気でいきます。準備が出来次第、直ぐ出発するので、ミューオ様、早めに集めてくれませんか?」

「…すまない」
それは何に対しての謝罪の言葉だったのか、私は知る由もない。知りたくもない。

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バルコニー(転落防止の手すりはついてないが)では結構風が強く吹いていた。上手く飛べるだろうか。
「これを渡そう」
ミューオ様は座標で全てが描かれた地図と、屋敷の間取り図を渡してくれた。彼の作った地図はとても見やすい。私はそれを腰にあったポーチに仕舞う。
「ありがとうございます」
「ああ。…帰ってこいよ、必ず」
「心配しなくても帰ってきますって。ヴァンパイアなんて恐くありません!」
「…そうか」
私が笑顔を見せると彼もつられて笑ってくれた。
「帰って来たら、ミューオ様手作りのアップルパイ、食べたいです。あれ、なんか懐かしい感じがするんですよね」
「そんなものでいいなら、幾らでも作ってやる」
「ふふ、約束ですよ?」
「ああ」
訪れる沈黙。後ろで待機している仲間が狼狽えているのが背中越しに分かる。こんなにミューオ様と気まずいのはなぜだろうか。
「じゃあ、行ってきますね」
「ああ…」
彼に背中を向けて、古ぼけた箒をしっかりと握りしめ。

「さあ、幕開けだ」

私は後ろを振り向かないまま、赤い月が怪しげに光る夜空へと飛び立った。
『ヴァンパイアは恐くない』。そんなのはただの戯言でしかない。
でも、私は立ち向かわなくてはならない。その先にある結末を知らないままこの物語を終わらせたいから。


未来を知ることが、恐いから。



新米らしき衛兵を軽くあしらってから本部の中に入ってみると、自分が思っていた程人がいないことが見て取れた。

「ふわああああ…っ」


周りに誰もいないことを確認して、大きく欠伸をした。戦闘によって傷ついた体の節々が痛む。救護室に行って回復してもらわなければ…。



「未來」

自分の良く知る声がする。振り向いてみるとミューオ様が壁に寄っかかって立っていた。



「~っ、ミューオ様!」



走り寄って思いっきり彼の腰に抱きつく。うんうん。落ち着く匂いだ。



「まったく、今回も帰って来たのか…」


「あたり前ですよ、だって『不死の魔女リーガン』なんだから。皆の期待にも応えてあげなきゃねーって痛っ!!」



ペラペラと話していたら私の頭に手刀がくだった。結構痛い。

「調子に乗るな馬鹿」


「ば、馬鹿じゃないですよ!!」 



ミューオ様は呆れたような顔をしてから、「部屋までついてこい、傷は俺が診てやろう」と勝手に歩き始めた。



「で、でも救護室で診て貰うので…ミューオ様にご心配をかけるわけには…」


「だからそれが馬鹿だといってるんだ。あんな気まぐれ医者より、俺の方が信頼出来るだろう?」



ニコッと笑った彼の笑顔に反論出来ない。ついていくしか無さそうだ。



「痛くしないでくださいねー…」


私は先に歩き始めた彼の背中を追いかけた。



++++++++++++++++++++++++++++++




「ぎゃー痛ぁっ!!傷口が痛いよ沁みるよー!」

「あまり大声で叫ぶな、俺や周りの奴らに被害が及ぶ」

「被害とはなんですかぁ!」

「…被害は被害だ。ほら、大人しくしてろ。きちんと傷口を消毒できない」

「うなー」

今、私は本部最上階にあるミューオ様の部屋で傷口を治療してもらっている。魔法でじゃなくて原始的にだが。消毒液が沁みるし。彼は必死に痛みを堪えている私のことなど尻目にてきぱきと包帯をあらゆる所に巻いてゆく。


「魔法で治してくださいよ…こんなおばあちゃんみたいな方法じゃなくて」

「無理だ。俺は魔女のように魔法を使えない。未來、お前が自分でやればいいんじゃないか?」

「私だって出来ませんよー、普通の魔女だったら両方使えなきゃいけないのに。回復系が使えないのは、なーんでだろー」


「馬鹿だから」

「酷いですね、その言いよう…」

私とミューオ様は容姿が似ている。髪の色、目つき、鼻筋、性格に至るまで。大抵、同じような者同士は馬が合わないというが…私達はなんだかんだ気が合っている。2人とも口が悪いのが難点だが。

「できたぞ」

彼が「よっ」と立ち上がる。自分の足を見ると芸術品のように包帯が巻いてあった。

「未來は俺と話すとき話し方変わるよな」


「あ、ありがとうございます…って、それは仕方ないんですよ親しみやすいんですから。この敬語だって疲れるんですよ?」

「あーあーそうかよ」

凄いこれ、一生外せないくらいに綺麗だ。

「包帯ぐるぐるでまるで壊れた人形のようだな…と、そうだ。お前に服を渡すのを忘れてた」

「え、服…ですか?」

「そんなボロボロな格好ではまともに戦えやしないだろう。新しく戦闘しやすいものを用意しておいたんだが、どこへやったか…」



彼は「これじゃない」「なんだこれは!?俺はこんなもの頼んでなかったぞ!?」等と言いつつ5分近く隣の部屋を探しまわり(ドアが閉まっていて何が起きたのかわからなかったが)、資料に溢れた中から紙袋を見つけて戻って来た。

「これが、お前の新しい洋服。それと帰還したばかりで悪いんだが、どうしても明日中に完遂させてほしい仕事があるんだ」

「はあ」

「その資料あの中からとってくるから、今のうちに着替えとけ」



そう言ってまた隣の部屋へと潜っていく。私に気を使って向こうの部屋に行ってくれたのかは知らないけれど。



「ミューオ様は、優しいなぁ」



冷徹で非情な人、なんて訳がない。
呟き、彼が戻ってこないうちに急いで着替える。
1224日――――。ティルス市外地。
ここブラックアロー特攻隊本部にもクリスマスの飾り付けが少しばかりされている。
新米衛兵の俺は、気の許せるベテラン衛兵の先輩と本部の門を見張る仕事についていた。

「今日は聖夜祭だってのに…。寝ずの番ですってよ、先輩。全くこんな日にここに攻めてくる奴なんているんですかね?」


  
俺が笑って尋ねるといつも仏頂面の先輩は微笑んで、

「今日だからこそ来る馬鹿もいるんだろ」

と言った。そんな馬鹿も世の中にはいるのか…。
子供がいる家庭はもうそろそろ寝る時間だからだろうか、ティルスから少し離れている本部の周りには人っ子一人見当たらない。


と、急に俺の視界に白いものが映った。ふわり、ふわりと落ちて地面で溶ける。



「…雪か?」


先輩がぼそりと呟いた。つられて空を見上げてみると、次々に雪の結晶が舞い降りてくる。

「聖夜祭に雪とは、ティルスの街の奴らも喜んでいるだろうな」「そうですね」


「…カインズよぉ、見張りが終わったらお前…暇か?」


「まあ、彼女もいないんで空いてます、先輩」


「じゃあこれが終わったら飲みに行くか」


「はい、是非行かせてください!」



こんな、他愛もない話をしている時。『それ』は唐突に起きた。
雪に交じって―――何かが―――舞い降りてくる。


雪に交じって―――人が―――落ちてくる。



「!!」



俺は攻撃に備えて身構えた。しかしその何とも軽やかに舞い降りた少女の洋服はボロボロで、体中が擦り傷だらけ。とても戦いにきた輩ではなさそうだった。

淡く輝く月に照らされた彼女は万人が見蕩れるような笑顔でただ一言発した。





「やあ」


「…誰だ?」



先輩は警戒するように言葉を返す。すると彼女は何でも無いふうに「未來・リーガンだよ」と答えた。…名の知れている犯罪者ではなさそうだ。新たに活動を開始したのか?手始めに襲った所で返り討ちにでもあったような格好をしている。それでも懲りずにここを攻めにきたのか?だとしたら…笑い者だな。

「お前のような犯罪者には消えてもらう」

そう俺が言うと、リーガンという奴が驚いたような顔をしてからニッと口角をあげた。



「やってみなよ、やれるもんなら」



「ああ、やられても文句言うなよ?」



「勿論」

先輩が何かを言っている声が聞こえるが特に気にせず聞き流す。左手に持っていた剣を右手に持ち替え―――1歩下がり、左足で地面を蹴り前に一気に加速する。あの有名な剣術使いミューオ殿から直々に教わった片手直剣技を無防備に突っ立っている彼女の横合いに叩き込む―――正確には叩きこもうとした。



「ミューオ様の剣技によく似て…?」



リーガンは俺に聞こえる程度に言葉を発した後、腰に掛けていた木の棒のようなものを素早く取り出し、俺の剣の軌道にたがえる。

0.1秒後、ガキィィン!と火花を散らして折れたのは俺の剣のほうだった。



「なっ…!」



彼女は剣が折れたのを確認しないうちに俺との間合いを詰める。その顔は…笑っていた。慌てて真っ二つに折れてしまった剣の柄を強く握って防御にまわろうとすると――――



「リーガン様!それ以上はお止めください!」



叫ぶような先輩の声。すると彼女の淡く光った棒はぴたっと俺の鼻先で止まり完全に光を失った。



「なあんだ、気づいてたの?カインズ君の先輩とやら」



けたけたと笑い声をあげる。



「止めようにも止められなくて…」


「あっそ。まあ、この子の無礼は許してあげる。私は今任務帰りで疲れてるの」


「申し訳ございません。あとできつくいっておきます」


「ん」



先輩は彼女が「じゃあねー」と言って本部の中に入るまで脇に寄って深くお辞儀をしたままだった。



「誰です、あのリーガンっていう奴…敵じゃないんですか?」
「馬鹿言えカインズ!あの方…未來・リーガンはブラックアロー特攻隊で一番強い魔女だぞ?特攻隊にも関わらず圧倒的な強さで敵を蹴散らしてしまう…悪魔だ」


「え!」


「あと、今日は飲みに行かねーから」


「えええ…?」



先輩はまた仏頂面に戻る。そんなに強い人が本気を出したら俺は今頃どうなっていたんだ…と考え寒気が止まらないカインズだった。


テルネ・リーガン  +主人公
女の子。魔女。18歳、身長160cmぴったり。ブラックアロー第一特攻隊隊長。黒魔法(攻撃的な魔法)を使うのに秀でているが、白魔法(回復系)はまるっきり駄目。昔小森家の養子だった。ユイの姉にあたる。血は繋がっていないため、容姿は異なる。
変化…猫に成る。

ミューオ・エンガル +テルネの上官
魔界人。23歳、身長183cm。ブラックアロー特攻隊指揮官。魔法は使えないが、独特な戦法を考えつくことで有名。ある人のブレーン。剣術が得意。が、戦場には滅多に出ない。

++その他逆巻家、無神家、ユイは原作(?)通り++

用語
・ティルス
魔女界で最も発達している市。
・ブラックアロー特攻隊
テルネやミューオが所属している所。『配属されたら、生きて帰って来れない』と恐れられている。
・聖夜祭
クリスマスの日に行われる魔女界特有のお祭り。サンタクロースに捕まらないように男女ペアで逃げ続ける。カップルが成立しやすい日。
・ホーリーパウダー
魔力さえ保持していれば誰でも手軽に使う事の出来るインスタント式光源。空中に放るとそこ一帯明るく照らしてくれる優れもの。

魔法
・グレイジャー
氷属性、黒魔法。鋭い氷が降り注ぐ。使い手によって攻撃範囲は異なる。
*テルネの攻撃範囲は半径10mほど。