みよしです。
よく、お金さえあれば安心できるのに、
とか
あの人さえ変わってくれれば
幸せになれるのに、
とか
こうだったら、ああだったら
満足できる、幸福になるはずなのに、
とか
〇〇があったら、〇〇さえあれば、
って考え方。
あれって嘘だよ。
(食べる物がない、心身の健康的に
明日の命さえ定かじゃないという
極度の困窮状態は除いて)
足りない、自分は幸せじゃない、
完璧じゃない、って思ってる人って
今後の人生に心配のない
お金を手にしたとしても、
時間や自由が手に入れたとしても
今度はそれを失ったらどうしよう、
減ったらどうしよう、盗まれたらどうしよう
といった別の
「足りない、幸せじゃない、完璧じゃない」
あの人さえ変わってくれれば
幸せになれるのに、
とか
こうだったら、ああだったら
満足できる、幸福になるはずなのに、
とか
〇〇があったら、〇〇さえあれば、
って考え方。
あれって嘘だよ。
(食べる物がない、心身の健康的に
明日の命さえ定かじゃないという
極度の困窮状態は除いて)
足りない、自分は幸せじゃない、
完璧じゃない、って思ってる人って
今後の人生に心配のない
お金を手にしたとしても、
時間や自由が手に入れたとしても
今度はそれを失ったらどうしよう、
減ったらどうしよう、盗まれたらどうしよう
といった別の
「足りない、幸せじゃない、完璧じゃない」
を探し出して不安になる。
何故なら自分が「自分であること」に
安心できてないから。
「〇〇を持ってるかどうか」という
自分の外側に、幸せの基準を設定してるから
「〇〇をもってない自分は完璧ではない、
幸せではない」という前提で生きてるから。

みよしはずっとやりたかったことが
あって。
生活に全く心配のない貯蓄があって、
あとは時間の余裕さえあれば、
やりたいことができるのに……!
っていう思いが極まり、
その環境をきっちり用意した上で
長年勤めてた会社を退職した。
思い描いていた
「時間に追われることのない、自由で
長年勤めてた会社を退職した。
思い描いていた
「時間に追われることのない、自由で
金銭的にもすぐには心配のない環境」
これでやりたいことに専念できる、
楽しく充実した生活が送れる……と
最初はうっきうきしてた。
ところがどっこい、一応やりたいことは
やってはいたものの、
日に日に不安が募っていく。
客観的にみたら、ひとりぐらしで
貯蓄も充分あって、健康の心配も
家族の心配もなんにもない。
時間の制約もなく、何にも縛られず、
夢見るような状況。
なのに、ずっとずっと不安。
ずっとずっと自分を責める。
ずっと自分が「お前には何もできない」
って自分に言い聞かせ続ける。
なんだこれ??? ってなったよね。
これこそまさに
「〇〇を持ってるかどうか」という
自分の外側に幸せの基準を設定してる
弊害だった。

満たされて幸せ~、
自由にやりたいことできて満足~
って気持ちを味わうことをしないで。
仕事をしてない、社会的に何物でもない、
金だけあっても人や社会の役に立ってない
自分はダメだ! って自分責めをする。
客観的な状況と、自分の感情がずれて
乖離してる。
「〇〇をもってない自分は完璧ではない、
幸せではない」という前提の弊害。
自分が「自分であること」に
安心できてない弊害。

心の勉強をしていくうち、
なぜそんな風に思うようになったのか、
その思考パターン、考え方のくせは
どこからきたのかを、
とことん自分で突き詰めることになった。
そして
「〇〇があったら、〇〇さえあれば」
って考え方、やっぱ嘘だな?
と腑に落ちた。
極限の困窮状態でない限り、
自分が「自分であること」に
安心する方が先。
じゃないと望む状況を手に入れたとしても、
ずっと不安がつきまとう。
つきまとっても全然いいんだけど
「不安な自分でもオッケー」って
考えられるのと、そうでないのとでは、
自分に対しての信頼度が違ってくる。

「幸福を感じる能力」と
「〇〇の有無」は別。
〇〇じゃないとダメ、
じゃなく
〇〇があってもオッケー、無くてもオッケー
先に、自分に「ダメ」は無いんだ、
ってことを知ること。
先に幸せになってしまうこと。
先に自分を信じること。
こっちの方が重要なんだなって思ったのが、
今年学んだことの総括でした。
心ってほんとおもしろい


10記事とか続いたらすごいことだな~と
勢いで始めたこのブログ。
なんと辞めることなく年末まで続いて
これでやりたいことに専念できる、
楽しく充実した生活が送れる……と
最初はうっきうきしてた。
ところがどっこい、一応やりたいことは
やってはいたものの、
日に日に不安が募っていく。
客観的にみたら、ひとりぐらしで
貯蓄も充分あって、健康の心配も
家族の心配もなんにもない。
時間の制約もなく、何にも縛られず、
夢見るような状況。
なのに、ずっとずっと不安。
ずっとずっと自分を責める。
ずっと自分が「お前には何もできない」
って自分に言い聞かせ続ける。
なんだこれ??? ってなったよね。
これこそまさに
「〇〇を持ってるかどうか」という
自分の外側に幸せの基準を設定してる
弊害だった。

満たされて幸せ~、
自由にやりたいことできて満足~
って気持ちを味わうことをしないで。
仕事をしてない、社会的に何物でもない、
金だけあっても人や社会の役に立ってない
自分はダメだ! って自分責めをする。
客観的な状況と、自分の感情がずれて
乖離してる。
「〇〇をもってない自分は完璧ではない、
幸せではない」という前提の弊害。
自分が「自分であること」に
安心できてない弊害。

心の勉強をしていくうち、
なぜそんな風に思うようになったのか、
その思考パターン、考え方のくせは
どこからきたのかを、
とことん自分で突き詰めることになった。
そして
「〇〇があったら、〇〇さえあれば」
って考え方、やっぱ嘘だな?
と腑に落ちた。
極限の困窮状態でない限り、
自分が「自分であること」に
安心する方が先。
じゃないと望む状況を手に入れたとしても、
ずっと不安がつきまとう。
つきまとっても全然いいんだけど
「不安な自分でもオッケー」って
考えられるのと、そうでないのとでは、
自分に対しての信頼度が違ってくる。

「幸福を感じる能力」と
「〇〇の有無」は別。
〇〇じゃないとダメ、
じゃなく
〇〇があってもオッケー、無くてもオッケー
先に、自分に「ダメ」は無いんだ、
ってことを知ること。
先に幸せになってしまうこと。
先に自分を信じること。
こっちの方が重要なんだなって思ったのが、
今年学んだことの総括でした。
心ってほんとおもしろい

10記事とか続いたらすごいことだな~と
勢いで始めたこのブログ。
なんと辞めることなく年末まで続いて
しまいました
えらーい! すごーい!
来年も、過去の自分に言いたい事、
そしてこれってお役立ちでは? と
思うことがあれば、
ブログに置いていきたいと思います。
いつも読んでいただき
本当にありがとうございます。
どうぞみなさま良いお年を!
来年も、過去の自分に言いたい事、
そしてこれってお役立ちでは? と
思うことがあれば、
ブログに置いていきたいと思います。
いつも読んでいただき
本当にありがとうございます。
どうぞみなさま良いお年を!
