赤信号無視で突っ込んで来た車に
吹っ飛ばされるかもしれなかった。
けど、平然と運転手の顔見ながら
チャリで華麗にスルリとかわせた。
全ての動きはお見通しだとドヤ平然出来た。
今までも何度も車に跳ねられそうになった
そのおかげで
すごーく守られてるなって思えた。
時に、保険金に心が揺らいでも、
どーしても避けてしまい
自分の反射神経も
まだまだ捨てたもんじゃないなと自信が持てた。
チャリの反射神経に自信があっても
お店の食器を拭いてる時に
滑らせて落として割ってしまった。
あのスローモーションの様に見えるのに
落下スピードは速いと云う矛盾した
現象には追い付けないと改めて感じられた。
そして割ったからこそ「ごめんなさい」と
久しぶりに発言出来て良かった。
申し訳ないのに言えてスッキリする
矛盾してる様な氣持ちを味わえた。
読んだら
返してくれても捨てても借りパクしても
他人に渡しても構わない
と言って本を渡せた。
そのやり取りと本のタイトルを見て
「じゃぁ次借りるょ」って人まで現れた。
なんだけど、全く読んでる形跡が無いなと
結果を氣にしてしまう氣分も味わえ
結果を求めない氣分にもして貰え
もぉどっちでもどーでも良いから
本に幸せになれよと思えた。
わたしから見える100%の人が
「全然見えない」
「全然分からない」
と言ったとしても
わたしはわたしの理解が100%出来て良かった。
100%理解に至る経験が出来て良かった。
常に今、正解か不正解かに揺らいでも
それら全てで良いと知れた。
ジャッジは道標みたいなものだ
結局、行きたい方向に導いてくれる。
自信は最初は小さくて良いと思えた。
大きくする道のりが味わえるから。
信じる様にサインを受け取る遊びが出来て
宇宙の深さがシンプルに果てしないことを知る
と同じ力で信じる海に潜って行ける。
わたしのフィルターを通して見える世界を
愛せて良かった。
闇があって良かった。
だから光ってヤツが分かって
だからこの世が見えた。
だから楽しさが分かった。
死があって良かった。
辛い気持ちに飲み込まれて良かった。
思い出せば今でも泣ける。
死のパワーの凄さを知る事が出来た。
生と同じ素晴らしさに氣が付けた。
死の概念を壊して貰えた。
その体験が必ず来てくれるなら
エネルギーを出し切らなきゃ勿体ないと
自ら思えた。
他人より発熱量少ないと比べていたけど
そーゆー事じゃないと納得出来た。
他人に見せる面と、自分の中は
常に一定じゃないといけないって考えが
他力と自力のおかげで少しづつ壊れて
喜怒哀楽の全てを出せて
喜怒哀楽の全てを受け入れられた。
感情に枝葉が揺れて
幹は成長すると実感出来た。
だからこそ、喜と楽へ
他人を揺らしたいと思えた。
みんな居て良かった。
自分も居て良かった。
自分が在るから分かった。
月の自転と公転を
私もしたいと思えた。
地球の様に育みたいと思えた。
地球の様に守りたいと思えた。
陰陽は なんて素晴らしいんだろう。
まだまだ教えてくれる。
ニュートラルであるからこそ
そこから選んだ陰陽がみえる。
ありがとう
感謝します
Halloweenが流行る前から
完璧には出来ないけど
中途半端はイヤだと
準備だけで楽しくて難しくて超疲れる
仮装の遊びを覚えた。
今年もまたやりたい様な飽きた様な
そんな氣を味わってる今日この頃。
